大井町における「横浜家系ラーメン」の先がけに
最近でこそ若いファミリー世代が多く住み始めている大井町だが、もともとはサラリーマンたちが闊歩するビジネス街。働き盛りの男性の腹をガツンと満たしてくれるパンチの強いラーメンをウリにするお店が乱立しているが、その中でも「スープの濃厚さならダントツ」と評判を集めているのが、大井町駅南口にある『武術家』だ。
JR大井町駅南口から歩いて1分ほどで着く好アクセス。お店に伺ったのはランチタイムを優に過ぎた15時過ぎだったが、客足は途絶えることがなく、常にお客さんがやって来る状態に。この街の人たちに根付いていることが早くもうかがえる。
「2021年で開業して10年以上になりますけど、お店をオープンしたころは大井町には横浜家系をウリにするラーメン屋さんってあまりなかったんですよ」と、店主の松本龍二さんは当時をこう振り返ってくれた。
ラーメン好きなら知らない者はいない「横浜家系」。豚骨醤油をベースにした濃厚スープとモチモチとした太麺との組み合わせがラーメン好きな人たちの心をガッチリとつかんできた一大ジャンルだが、同じ横浜家系のラーメンでもその味は店によってさまざま。その中でも『武術家』のスープは超濃厚なことでも知られている。そこには「『おいしいものを食べて欲しい』という気持ちはどこにも負けない」という松本さんの思いが込められていた。
たった2つの材料を煮詰めて超濃厚スープを生み出す
横浜家系ラーメンとは1970年代に開業した『吉村家』から暖簾(のれん)分けという形で各地に広まっていったが、時を経るごとにその味わいはさまざまなものに。
スープの材料は豚骨と水だけと至ってシンプル。寸胴にその2つだけを入れてグツグツと煮詰めていくが、材料がシンプルなだけに手間暇が他のラーメンの倍以上かかる。豚骨から出てくるアクを丁寧に取り除き、寸胴になみなみと入れた水が煮詰めていくうちに半分以下に。そこに再び豚骨を追加してまた煮詰めていく……1日がかりという長い時間を掛けることで生まれた超濃厚な豚骨醤油スープこそが『武術家』の最大のウリだと松本さんは胸を張る。
横浜家系ラーメンのもうひとつの特徴と言えば、モチモチとした食感が嬉しい麺。スープの味わいを何倍も増してくれるベストパートナーとも言える麺は横浜家系ラーメンの定番である酒井製麺所の麺を使用しているが、『武術家』ではさらにもう一工夫加えているという。
「この強い味わいのスープがお店のウリなので、それに合うよう、1番太いものを使用しています。そうじゃないとこのスープの味に負けてしまうんですよ……」
このお話を伺った後に丼から麺をすくってみると……確かに通常の横浜家系ラーメンよりもいくらか太めの麺が。噛み応えも抜群で、いかにもラーメンを食べているという感覚に浸れる舌触りが印象的。そしてスープとの相性はといえばもちろん抜群。さらにトッピングに目をやると、自家製の味付け玉子に海苔、チャーシュー、そして横浜家系ラーメンには欠かせないホウレン草がのっているほか、ボイルしたキャベツが真ん中に置かれていた。
「トッピングは横浜家系の王道のものを揃えていますが、キャベツは確かに珍しいかもしれないですね。スープにマッチするので追加で増やすお客さんも多いですよ」
濃厚スープを楽しみつつ、キャベツの清涼感も味わえる――まさに「一杯で二度おいしいラーメン」を地で行くものだった。
一言では語れませんが、一口でわかります
豚骨と水だけを何十時間も煮詰めて作った超濃厚スープに太麺が絡み合い、そこにキャベツやホウレン草といった野菜の清涼感あるトッピングがアクセントとなっている『武術家』の特製ラーメン。この一杯を食べて、気合を入れて仕事に臨むビジネスマンが多いのも頷ける。そんなお店のこだわりとは?という質問に松本さんはこう答えてくれた。
「やっぱりこのスープですね。毎朝、毎晩ずーっとスープに掛かりきりになるほど手間暇がかかるのですが、このスープでないとあの味は出せない。横浜家系ラーメンの中でもトップクラスにパンチのあるスープになっていますので、きっと他では食べられない1杯だと思います。大井町に来てラーメンを食べようという方はぜひ来てもらえるとうれしいです」
「大井町の横浜家系ラーメン」の代表格とも言える『武術家』。松本さんはじめ、スタッフ全員の熱意が込められているからこそ、この街トップクラスの超濃厚スープが生まれたといっても過言ではないだろう。
構成=フリート 取材・文・撮影=福嶌 弘