北海道出身の気さくな店主
『The NorthWave Coffee』は森下駅と清澄白河駅の中間あたり、高橋のらくろード (高橋商店街)に暖簾(のれん)を掲げる。
サードウェーブならぬ、ノースウェーブなのは、店主の佐藤芳之さんの出身が北海道であるから。「ブルーボトルコーヒーの波にのって(笑)」と冗談めかして教えてくれた。親しみのある佐藤さんの語り口と、コーヒーの香りにほっとする空間だ。
『The NorthWave Coffee』では常時8~10種類ほどの豆がスタンバイ。ドリップコーヒーとアイスコーヒーは好きな豆を指定して注文ができる。しかし、この豆がいいですよ、あの豆がいいですよ、と積極的におすすめをしないのが佐藤さんの接客スタイルだ。
「甘いか、苦いか、酸味があるか。軽いか、重いか。選び方はシンプルでいいんですよ」と続ける。
好みが迷子になっているお客さんには「トーストと合わせる? 甘いお菓子と一緒に飲む? それとも目覚めの一杯にする?」と、問いかける。コーヒーを飲むシチュエーションを想像すれば、飲みたい味が見えてくるわけだ。
コーヒー豆のポテンシャルを最大限に引き出す
一通りの味がそろうが、この店の特徴をあげるとすれば、甘いコーヒーを出しているというところ。佐藤さんは、店をオープンするまでにコーヒー店を何百店も飲み歩いて味を追求していった。結果「甘いコーヒー」が一番だと思うに至る。甘いといっても砂糖が入っているわけではなく、豆の選び方や焙煎の仕方、ドリップの方法でコーヒー本来の持つ甘みを引き出す。
アイスコーヒーとドリップコーヒーの値段は、選んだ豆によって変わる。今回は苦くて甘いブラジル350円と、酸味があって甘いニカラグア450円のドリップコーヒーを飲み比べた。ブラジルのほうは、エグみのない苦さのあとに、チョコレートのような甘い風味が広がる。ニカラグアは、さらっとした酸味のあと、甘い味が舌に残る。
扉を開ければおいしいコーヒーが待っている
「細くて長い“ウナギの寝床”の物件がよかったんです。このお店、入るのにちょっと勇気がいるでしょ?」と佐藤さん。換気のとき以外は、ドアを一年中閉めている。暖簾(のれん)もかかっているため、店の中の様子がわかりにくい。
太陽が降り注ぎ、いかにも明るくて一見さんも入りやすいお店を佐藤さんは目指さない。自分がおいしいと信じるコーヒーで、地元の人が喜んでくれる商いをするのがモットーだ。
「コーヒーを教えてくれた焙煎仲間に『おいしいコーヒーとは、何ぞや』と聞いたんです。結局『近所のおじさんが“マスター、いつもの”って注文するコーヒーがおしいんだよ』と言われて、納得しました」
そんなふうに言う佐藤さんだが、レベルの高い一杯を出すための努力を惜しまない。「きちんとした知識と技術を持つことは、店をやる者としての責任です」と、まっすぐな矜持をもってカウンターに立つ。
常連さんが訪れ、いつもの豆を買っていったり、一杯飲んでひと休みをしたり。高橋のスイーツ店『PÂTISSERIE OURS(パティスリー ウルス)』の女将もご来店。アイスカフェラテを3つ頼み、佐藤さんと冗談を言い合う。地元の人に愛される店は間違いのない店の証だ。
「初めてくるお客さんは、きっと、この洞窟がどうしても気になって扉を開けちゃう人。そんな人はこの店と相性がいいでしょうね。僕もそういうタイプですから」とニヤリ。ぜひ勇気を出して扉を開けてみよう。
“コーヒーの街”からは少し離れたところにある高橋。観光客は多くないかもしれないけれど、地元の人のアツい支持を集める『The NorthWave Coffee』は確かな存在感を放っていた。
構成=フリート 取材・文・撮影=宇野美香子