新橋の路地裏で親しまれる老舗そば居酒屋

言わずと知れたサラリーマンの街・新橋には、個性豊かで気軽に飲める居酒屋が多い。ガード下や路地裏など、駅から徒歩数分の好立地にツウ好みの店があるのは、飲ん兵衛にとってうれしいポイントだ。

そば居酒屋『寿毛平』もまた、新橋駅前のSL広場から歩いてすぐの路地裏にある。駅近にもかかわらず、すでにディープな雰囲気が漂っているのが、新橋のおもしろいところ。そんな街の魅力が認知されたからなのか、『寿毛平』の店長・藤森誠さんによると、近年は新橋に集まって飲む若者が増えているという。

新橋仲通りから細い脇道に入ったところにある。そば屋らしい藍色ののれんが目印。
新橋仲通りから細い脇道に入ったところにある。そば屋らしい藍色ののれんが目印。

「昔はおじさん、おばさんが多かったけど、ここ最近はわざわざ新橋で飲もうっていう若い人も多いかな。若い人がどんどん来てくれれば街の活性化につながるだろうから、いいことだと思います」

店内にはテーブル席とカウンター席があり、少人数でも多人数でも利用しやすい。
店内にはテーブル席とカウンター席があり、少人数でも多人数でも利用しやすい。

1976年に創業した『寿毛平』だが、「創業当時は割烹だったんですよ」と藤森さん。「もともとは別のオーナーが運営していたんですけど、1990年代にいまのオーナーに代わって。そのタイミングで店名を引き継いで、そば居酒屋に転身しました」。

1階の奥にある和風のテーブル席。壁面のボードには、人気メニューのランキングが貼ってある。
1階の奥にある和風のテーブル席。壁面のボードには、人気メニューのランキングが貼ってある。

元割烹と聞くと、黒を基調とした出入り口の引き戸や店内のテーブル、竹をあしらった内装などに、その名残があるような気がしてきた。そんなこの店では、割烹さながらのこだわりが詰まった料理とともに、全国の珍しい日本酒を楽しめるのが魅力だ。

真似できそうで真似できない特別感のある料理を提供

初めて『寿毛平』で食事をするなら、そばは外せないだろう。ということで、もりそば600円をオーダーするのはすんなり決まった。あともう1品はどうしよう。壁に貼ってある人気料理ランキングの2トップは、栃尾油揚げの納豆焼き930円とカツ煮1050円だが、どちらも気になって選べない……。

そこで藤森さんにイチオシを伺うと、マグロカツ1280円が挙がったので、今回はもりそばとマグロカツを注文。厨房にお邪魔して、調理の様子を見せてもらう。まずはマグロカツから。

マグロカツの揚げ時間は30~40秒ほど。レアに仕上げるのがポイントだ。
マグロカツの揚げ時間は30~40秒ほど。レアに仕上げるのがポイントだ。

衣で包んだバチマグロ(メバチマグロ)を30~40秒ほど揚げていく。揚げ時間を短めにすることで、しっとり柔らかい食感を実現している。味付けは自家製タルタルソースと特製わさびソースだ。

食べやすいサイズにカットして、自家製タルタルソースの上に盛り付けていく。
食べやすいサイズにカットして、自家製タルタルソースの上に盛り付けていく。

タルタルソースの材料は、玉子やマヨネーズ、タマネギなどで、これだけでも味付けとしては充分だろう。しかし、そこにわさびソースの爽やかな香りを加え、より上品な味わいに仕上げるのが『寿毛平』流。

付け合わせの野菜やレモンを添えたら、仕上げに特製わさびソースをかけて出来上がり。
付け合わせの野菜やレモンを添えたら、仕上げに特製わさびソースをかけて出来上がり。

続いて、もりそばを茹でてもらう。ここのそばは、そば粉と小麦粉(つなぎ)の割合が1:1の同割そば。藤森さんによると、これは「国産そば粉を使って、浜松町店にあるウチの本店で製麺している自家製麺」なのだとか。

もりそばの麺をお湯の中で泳がせるように茹でているところ。茹で時間は約2分。
もりそばの麺をお湯の中で泳がせるように茹でているところ。茹で時間は約2分。

今回は並盛り1人前のはずだが、茹でている麺の量がやけに多く見える。が、それもそのはず。この店のもりそばは、並盛りで約400gもあるのだ。

茹で上がったらザルに移して流水で粗熱を取ったあと、氷水でさらに冷やす。
茹で上がったらザルに移して流水で粗熱を取ったあと、氷水でさらに冷やす。

「ほかのお店の倍ぐらいあるかもしれない」と藤森さん。「ウチの料理は基本的に量が多いから、お客さんにはちゃんと説明して出しています。もりそばは並盛りでもおなかいっぱいになるぐらい大盛りなんですよ。それができるのは原価を抑えられる自家製麺だからこそ、というのはありますね」。

よく冷やした麺を舟形の器に盛り付けて完成。1人前で約400gという圧巻のボリュームだ。
よく冷やした麺を舟形の器に盛り付けて完成。1人前で約400gという圧巻のボリュームだ。

料理がそろったところで、席へ戻って実食。さっそくマグロカツをひと口かじる。サクッとした衣と、レアな揚げ加減の柔らかい身が生む食感の違いが印象的だ。タルタルソースのまろやかな酸味に、ふんわり広がるわさびの香りが加わった奥深い味わいもたまらない。

マグロカツの衣はサクサク、身はしっとり。タルタルソースとわさびソースの風味が食欲をそそる。
マグロカツの衣はサクサク、身はしっとり。タルタルソースとわさびソースの風味が食欲をそそる。

そして、もりそばは「のどごしを重視している」という藤森さんの言葉どおり、つるっとなめらかに喉を通り抜けていく。そばつゆは、カツオ節をベースにサバ節、宗田節などをブレンドした甘みのある味わい。醤油の甘辛さも感じられる適度な濃さが、よく冷えたそばにマッチして、箸が止まらなくなる。

のどごしのよさが自慢のもりそば。香り高いそばつゆを味わうため、薬味は少しずつ加えるのが◎。
のどごしのよさが自慢のもりそば。香り高いそばつゆを味わうため、薬味は少しずつ加えるのが◎。

「ウチの料理やドリンクのコンセプトは、家庭では食べられない・飲めないものなので、なんかひと味違うよね、っていう特別感がある創作的な料理を数多く取りそろえています。お酒に関しても力を入れていて、全国の珍しい日本酒を入れ替えながら出していますね。夏だったら、栃木県の『かぶとむし』とか」。

栃木県の清酒「かぶとむし」をはじめ、全国各地の地酒がズラリ。ラインアップは、そのときどきで変わる。
栃木県の清酒「かぶとむし」をはじめ、全国各地の地酒がズラリ。ラインアップは、そのときどきで変わる。

こだわりの料理やもりそばをおなかいっぱい食べるもよし、日本酒とそばのマリアージュを楽しむもよし。ガッツリ飲むなら、そばは締めにとっておくのもいいかも。

リピーター率8割を誇る人気店が心掛けていること

取材は月曜日の夕方だった。にもかかわらず開店直後からお客さんが続々とやってきて、気が付けばほぼ満席の状態に。藤森さんいわく「お客さんの8割がリピーター」だ。その秘訣は、料理やお酒にこだわっているのはもちろん、店舗の雰囲気づくりの面でもインパクトを与えることにある。では、具体的にどんなことを意識しているのだろうか。

もりそばやマグロカツを筆頭に、一度味わえばまた食べたくなるメニューが目白押し。
もりそばやマグロカツを筆頭に、一度味わえばまた食べたくなるメニューが目白押し。

「スタッフに対して心掛けているのは、仲よく仕事ができているかどうか。店が好きだったり、人が好きだったりすると、この店をもっとよくしてあげよう、っていう気持ちで動いてくれるんです。すると、店の雰囲気がよくなって、お客さんもそれに寄せられてくる、っていう感じですかね」

一方、お客さんに対しては「アットホームな感覚」を心掛けているという。「従業員だから、お客さんだから、っていう垣根をつくったら、その時点で作業になっちゃう。もちろん、ちゃんとしろよ、って感覚の方にはかしこまって接客しますけど」。

店長の藤森誠さん。お客さんやスタッフと冗談を言い合える、アットホームな店づくりがモットーだ。
店長の藤森誠さん。お客さんやスタッフと冗談を言い合える、アットホームな店づくりがモットーだ。

「でもお客さんが冗談を求めているんだったら、冗談を返してあげる。『なんで寿毛平っていうの?』『お客さんみたいにスケベな人がいっぱい来るからですよ』『おれスケベだから、また来るわ~』って。そういう人は、常連になってくれる。お客さんに『楽しいから行こうよ』って言ってもらえるような店でいられればいいかな、と思っています」

ちなみに店名の本当の意味について藤森さんに尋ねたところ、「実は本当の由来はわからないので触れないで(笑)」との回答。でも前述したお客さんとの掛け合いがおもしろすぎて、書かずにはいられませんでした。藤森さん、ごめんなさい!

住所:東京都港区新橋2-8-12/営業時間:11:30~14:00LO・17:00~22:30LO(フード22:15LO)/定休日:無/アクセス:JR・地下鉄・ゆりかもめ新橋駅から徒歩1分

構成=アート・サプライ 取材・文・撮影=上原純