住宅街の中にポツリと現れるバングラデシュ食材店
JR新大久保駅の改札を出てしばらく歩くと、店がまばらになり住宅や学校などに囲まれたエリアがある。その先に“バングラデシュの家庭料理レストラン”ののぼりがはためいているのが見えた。ここが『サルシーナハラールフーズ』だ。
インドの東側にあるベンガル海に面したバングラデシュ。筆者は一度も訪ねたことがなく、インドやネパールなどと情報が混在してしまう。しかし、調べてみるとバングラデシュの国旗は緑地の中央に赤い正円が描かれたもので、白地に赤の日本の国旗とそっくりなのだ。なんだか急に親近感が湧いてきた。
黒板に書かれたメニューは見慣れない文言が並びマニアックだなあと思ったが、食材店併設なのだから鮮度の良い食材を使って、おいしいものが食べられるに違いない。興味津々で店に入ってみることにした。
米や油、スパイスなど現地でポピュラーな食材が手に入る
店に入ると、食材が所狭しと陳列されている。それぞれに説明やPOPがないので、どんなものなのか、値段もよくわからない。そんなところも日本のスーパーとはちょっと違う。
缶詰や紙パックに入った肉や魚もある。レジのところに座っていた恰幅のいいバングラデシュ人の男性が明るく挨拶をしてくれた。どんなお店かわからなかったので、ちょっとホッとした。
入り口付近には米やオイル類が並び、壁際の冷凍庫には肉や野菜類が入っていた。さっきのメニューにあった羊の脳みそもここで買えそうだ。冷凍庫の上には肉類や魚の缶詰、紅茶やスパイス類など。レジの前にはいろんな種類の豆類の袋が置かれている。
この光景を見てアジアの郊外にある商店を思い出した。今店にいる日本人は筆者だけで、店内ではベンガル語が飛び交っている。なんだか現地へタイムトリップしたみたいだ。
店主の母の味が味わえる、日替わりのバングラデシュランチ
食材店からさらに奥へ進むとレストランがある。そこでは店主のオセンさんが出迎えてくれた。「メニューは日替わりでだいたいランチは4種。みんなおすすめだけど、暑い日は水ご飯もおいしいよ」と上手な日本語で教えてくれた。
水ご飯とは日本のお茶漬けのようなもので、サラサラ食べられるそうだ。それはちょっと上級者すぎるので、カラブナ(スパイスと肉を炒めた汁気が少ないドライカレーのようなもの)か、マトンボット(マトンの内臓のスパイス炒め)で悩んだが、マトンが好きだからマトンボット1500円を注文した。
「辛さは? 一番辛くしちゃうと優しくできないからね」と、オセンさんがいうので、最低レベルにしてもらう。
料理ができる間、オセンさんの話を聞いた。彼は2020年に来日し、日本にあるバングラデシュ料理店で働き、2021年にここで店をオープンした。
「この店の料理は、私のお母さんの味。もともと私はバングラデシュでレストランとか、たくさんお店を持っていたの。オープンしたのはコロナのときだったから、最初はお客さんが少なかったけど、今はたくさん来てくれるよ。ほとんどのお客さんは日本人。日本に住んでるバングラデシュ人やその他の国の人もいるけどね」とオセンさん。
話をしているうちに料理が到着。アルマイトのお皿に乗っている感じが現地っぽくてイイ。湯気とともに、ものすんごいスパイスのいい香りがします!
本格バングラデシュ料理を食べるのは初めてと言ったから、少し距離を置いて筆者を見守ってくれていたオセンさん。筆者がモタモタしていると、「おかずを少しずつごはんに乗せてよーく混ぜて食べるの。私たちは手で食べるんだけどね」とフォローしてくれた。
「あ、ダルもかけて食べて!」とオセンさんがいうので、スプーンに1さじかけてみたが、「もっと、もっと」という声に『二木の菓子』の名物おじさんヨロシク、張り切って2さじ、3さじと加えてみた。
オセンさんが「マトンボットはカレーじゃないよ〜(笑)」と言っていたけど、日本人の感覚としてはカレーライスみたいになりました。どれどれ、と口に入れた途端、ガツンと効いたスパイスと肉の旨味がして「うんめ〜!」と目を見開いた。それと同時に「辛〜い!」と毛穴がパッカーン。こうなったら最後、吹き出す汗が止まらない。
周囲にいるお客さんからも辛さに耐えられず、シーシー、ハーハーと悶える息が漏れている。いちばん弱い辛さを選んでおいてよかった。ホールスパイスがゴロゴロ入ったマトンは、柔らかく特有の旨みが増している。軟骨も入っていてコリコリといい食感だ。このメニューにおいてマトンとスパイスは切っても切れない関係とはわかっているが、それにしても辛い!
卓上にボトルに入った水を提供されたのだが、ここで飲んだら余計に辛くなるのはわかっている。ふた口食べれば手を止める筆者を見て、「ぜーんぜん辛くないよ」と不思議な顔をするオセンさんに苦笑いを返しながら、最後の頼みの綱、チャイをひと口飲んでみた。
最初に来るシナモンなどのスパイスの香りが爽やかで、どこかフルーティ。口にまとわりつくようなまろやかさもイメージするチャイとはちょっと違う。ここのチャイはココナッツミルクを使っているのだとか。なるほど、これはおいしい。
ヒリヒリした口の中を癒やしているとポスターが目に入る。バングラデシュは辛いものが多い分、甘いもののメニューも豊富なようだ。
代表的なバングラデシュスイーツ7種食べ比べセット(チャイ付き2000円)もあるそうなので、今度はこちらも試してみたい。
構成=アート・サプライ 取材・文・撮影=パンチ広沢