鮮魚店から派生した、新鮮でおいしい魚の和食店
新橋駅前ビルの地下から地上に上がり、路地を渡ったところの新和ビル4階に『活魚料理ととや』がある。店内から魚の脂が焦げる香ばしさや、カツオだしのいい香りが漏れている。今日はおいしい魚が食べられそうだ。
まず、入り口でメニューとご飯・味噌汁の量を決めてから席に着くシステム。店主の宮崎進さんに今日のおすすめを聞いたら「そりゃあ全部だよ(笑)!」と、自信たっぷりに語るので、本能の赴くまま銀だらの西京焼き1150円を注文した。ご飯は普通、味噌汁は8分目でお願いしまーす!
料理ができる間に、この店の歴史をたどろう。『ととや』の母体となる鮮魚店は、店主の宮崎さんのお父さまにより1968年に新橋で開業した。
「今のニュー新橋ビルがある場所はバラック街でね。そこで親父が魚屋をやっていたんだけど、ビルができるっていうので立ち退きになったの。それで、今うちの店がある2軒先に『三和』って店を開いた。1階は鮮魚屋、2階は魚料理屋だったんです。当時、私は26歳でね、商社に勤めていたんだけど、親父が1人じゃできないって言うから、すべてを投げうって右も左もわからない飲食業にはいることになったってわけです(笑)」。
それ以来50年以上、市場が空いている日は毎日通っているという宮崎さん。
「もうぱっと見て少し触れば魚の良し悪しがわかるね。1時間くらいで買い付けをしています。市場が豊洲になってから、10分余計にかかるんだよ〜(笑)」。
宮崎さんは、赤坂の料亭などに魚を卸していた『三和』を通して知り合った料理人や食通の友達から料理を教えてもらいながら、自分なりのおいしい魚料理を極めていったという。鮮魚店『三和』は現在、宮崎さんの弟が引き継いでいる。
「そして私が31歳のとき、もう少し広いところで自由に料理を提供してみたいと親和ビル4階に『活魚料理 ととや』をオープンしたんです」。宮崎さんの新たな挑戦から半世紀以上、ここで営業を続けている。
脂がのった銀だらの西京焼、ご飯、味噌汁をワルツのリズムで食べてみた。
開店の少し前からお客さんが並び始めると、厨房は活気づく。先ほど注文した銀だら西京焼ができるまでまだ少し時間がかかりそうなので、厨房の様子を撮影させてもらった。次々にできあがる料理を見ていると、あれもいいな、これもおいしそうだと心が揺らぐ。
「おーい、あなたの西京焼きを焼き始めるよ〜!」と宮崎さんからお声がかかったので焼場へ急行した。我が銀だらが立派な定食として旅立つまでを記録したい。
ほどなくしてテーブルに銀だら西京焼き定食がやってきた。皮や輪郭が焦げているのは脂が乗っている証拠だ。ランチの定食は写真の刺し身や鯛頭煮、ブリ大根などのメインに加え、小鉢が3種と香の物、炊きたてでぴっかぴかのご飯にたっぷり味噌汁もついて1150円。プラス250円でいくらのトッピングも可能だ。
たまに焼き魚の皮や漬け魚のコゲを「体に悪い」と残す人がいる。いやいや、これぞ焼き魚の最高のエッセンス。この薫感は食欲をターボの域まで引き上げる。銀だらはアジやイワシのように細かい骨が少ないので、面倒くさがりの人にも食べやすい。
上品で香りのいい甘めの西京味噌の風味と味わいが、脂がのった銀だらに入り込み、熟成された独特の旨味が生まれる。健康のためには、♪もっしもしカメよ〜 に合わせて咀嚼するのがいいらしいのだけど、筆者は銀だら2cm、ご飯2口、味噌汁1口をワルツのリズムでテンポ良く食べ進める。
そして小鉢も見逃せない。出汁を取ったあとのカツオ節や昆布、小海老などを佃煮風にしたものや、野菜の切れ端やきのこ類の和風あんかけ、しいたけや海老、銀杏、かまぼこなどが具だくさんの茶碗蒸しもアツアツで登場。さりげなく置かれた香の物も自家製のぬか漬けだ。野菜もたっぷり摂れるのがうれしい。
「小鉢は日替わりです。出汁を取ったあとのカツオ節や大根の皮なんかも手を加えればおいしくなるから、なるべく捨てないで工夫して調理し小鉢で提供しているんです」と、宮崎さん。なるべく食べ物を捨てないエシカルな姿勢も好感が持てる。こんなにおいしいんだもの、もっといろんな小鉢を食べてみたい!
遊興施設の発展とともに進化してきた日本の食文化を守りたい
実家が魚屋だけに、物心ついたときからおいしい魚を当たり前に食べてきた。同じ品種でも産地や季節で微妙に変わる味の変化にも気付く、いわば“魚オタク”である宮崎さんだ。
「ランチは定番メニューだけど、夜はその日、おいしい魚を仕入れて、お客様の食べたい調理法を承って、“おまかせ”で提供していたんですね。いろいろ趣向を凝らして作っていたんだけど、最近はそういう時代じゃないでしょう? だから、時代に合わせて夜の定食やコース料理を提供するようになりました」と、メニューを見せてくれた。
刺し身、焼き魚、ぶり大根とメインが3つもつく夜の定食フルコース3520円を筆頭に、きんき、鯛頭、ぶり大根の煮魚・焼き魚コース4070円〜8250円も人気だ。
「コスパがいい定食っていうのも喜んで食べていただけるのはうれしいけど、そればかりだと料理人はちょっと寂しいね」と宮崎さんは苦笑する。
戦後、何もなかった時から「接待・会合にまつわる遊興施設の発展とともに日本の食文化も進化してきた」と宮崎さんは語る。東京に世界各国の名だたるレストランが集まり、質の高い料理が楽しめることからグルメな国としても知られる日本。世界的不況の今、名店がのれんを下ろしたり、または存続の危機に陥っていると聞く。
嘆いていたってしょうがないと、宮崎さんは若い人にも手が届く値段設定でメニューを再考した。
時代が変わっても「おいしい魚をお腹いっぱい食べて欲しい」という宮崎さんの思いはまっしぐら。腕によりをかけた『ととや』の味を心ゆくまで味わいたい。
構成=アート・サプライ 取材・文・撮影=パンチ広沢