以下、一部を抜粋しよう。
「東京都内の喫茶店200店舗をまわるほどの喫茶店好き芸人、セキ・ア・ラ・モードと申します」
お笑いライブを観に行ったとき、こんな挨拶でネタを始めたピン芸人さんがいた。よく見るとネクタイの中央には大きくクリームソーダが「ででん」と在り、ネクタイピンはプラスチック製のストロー型をしている。それをあえて斜めにさすことで、器にストローが添えられているような見栄えになっている。というか、そこはプリンアラモードちゃうんかい、である。そんなセキ・ア・ラ・モードさんに、わたしは「喫茶店をめぐる散歩の企画を一緒にしませんか」と声をかけた。(抜粋ここまで)
喫茶店では基本的にすべてセキさんが直接取材して、それをわたしが文章化している。さまざまなお話を聞いてピン芸人のセキさんがそのネタを「フリップ芸」に取り入れながらお笑いライブやラジオなどで随時披露していくので、ぜひとも彼のSNSで動向をチェックしてみてほしい。リアルに劇場まで足を運んで鑑賞、ウェブで配信されるLIVEや番組を視聴するなど、自分に合った方法を選ぶことができる。今回ここで紹介すること以外にもネタは盛りだくさんなので、どんなものをセキさんがピックアップしているのかも楽しみにしてほしい。
#肉食ライブ!2部、有難う御座いました!なんとか新ネタは卸せたものの、大反省ですね!
— セキ・ア・ラ・モード(セキアラモード) (@sekipresso) March 6, 2022
いくら僕がスベったって「カフェアルル」のネコちゃんは本当に可愛いし、マスターも尋常じゃなく良い人です! pic.twitter.com/jpI0leGWAW
東京メトロ新宿3丁目駅から徒歩ですぐのところにあるからセキさんもわたしもずっと勘違いしていたのだが、カフェアルルは新宿5丁目の喫茶店である。「新宿3丁目駅近くの三番街商店街」と、同じ数字が続いているのも錯覚を起こした原因かもしれない。よく考えればぜんぜん違うと分かるはずなのにそう思ってしまう浅はかさよ……。こういう発見って単純なのに気づいた瞬間「ああ~っ!」と妙にうれしくなってしまう。照れ隠しもあるからリアクションは大きくなりがちだ。先入観をもってしまったがためにこんがらがってしまった情報というのは、なぜそうなったかをほどいていって正解を見つけるのが楽しそうだ。
実は、わたし自身はこの2年ほど散歩そのものは毎日欠かさずしていたが、「何かを観察するようなゆるやかな歩きかた」はほとんどできていなかった。目的もなく立ち止まったり、ぐるぐる見渡したり、人やモノに近づいたり、壁や看板の文字を読んだり、そういうまばらな情報から得たもので妄想をめぐらせたり、なんだかすべてを避けていたなあとおもう。けれど、外灯のペンキの色落ちに目を奪われたとき、「たとえば画家がこれを紙に描くとしたら絵具はどうするんだろう、この緑はどう呼べば正しく表せるんだろう」みたいな自由な視点をもって歩く姿勢がサーッとよみがえってきた。ただただ禿げた緑を凝視してボーっとしているわたしを、セキさんは不思議そうに眺めていた気がする。
スーツやジャケット着の女性や男性が三番街商店街の一本道をおのおの歩いてゆく。セキさんとわたしはそこを行ったり来たりしていたのだが、私たち以外の姿がみえたのは、ほんの3~4名だけだった。どなたも真っすぐ前を向いて、どこも振り向かず、早歩きでこの空間を素通りしていったように見えた。きっと目的が周囲になく、地下鉄やJR線のある駅をめざしているのだろうなあ。なんだか寂しいような気もしたが、新宿で静かに距離を縮められる道というのは案外「いいところ」なのかもしれない。
商店街のど真ん中で何があるかなあ……と、立ち止まって辺りを見渡していたらセキ・ア・ラ・モードさんから「サンポー的な何かがあるんですか」と険しい表情で質問されてしまった。いや、べつにそんな散歩者としての使命とか特命じみたものは何ひとつないんですけどねっておもいながら、少々冷たく「見てるだけです」と返した。「ほほお……」と、なおも頷いているセキさん。どこで納得したのだろうか。なんというか、「相手は散歩をしながら取材をしているんだ!」というバイアスがかかると、わたしが考えなしに適当な行動をしているだけでも重要な意味が含まれていそうにみえるらしく、面白い。確か、「もうちょっと青みの強い空だったら映えたのに」とかボヤいたかもしれない。もちろん、そうおもっただけで、だからといって何かあったわけではない。
写真を見てほしい。こちら、店舗オーナーの根本さんにお話を伺う前と後では、玄関先の雰囲気がまるで変わって感じたからすごい。気になるアイテムが多数あるなか、「これはどういうものなのだろう?」という疑問をセキ・ア・ラ・モードさんがつぶさに質問していくことで、今のわたしの目には細部やそれにまつわるメモリーがビビットにおもいだせる。喫茶店のことを中の人に直接聞いてみる、という行為はすばらしいものなのかもしれない。
カフェアルル店頭でもっとも名物となっているのが、この「フォークをつかんだ猫がナポリタンをフォークでうまくすくいあげている彫刻」だ。もはや、どこに焦点をあてて撮影するのが正解なのか分からないほど凄まじいインパクトである。ぱしゃぱしゃ。全体をカバーしておきましょうね。ぱしゃぱしゃ。
気になるのは、日光を浴びてさっさと色味がハゲてしまいそうなスパゲティの色が、鮮やかさをけっこう保っているということ。麺の橙色も、ハムの桃色も、パセリやピーマンの緑色も、ちゃんとおいしそうなのだ。根本さんによると、やはり色落ちで美観や食欲を失うのは困るので定期的な入れ替えを行っているという。そして、このナポリタンはかれこれ6代目になるそうだ。
足の裏の「ニャポリタン」。油性マジックペンで濃いめ濃いめに書かれたものであろう文字は、やはり根本さんの直筆であった。落書きでもされたのかとおもっていたが、正真正銘オーナーのサインみたいなものである。
彫刻は、かつて東京都港区にあった青山ベルコモンズという商業ビルで、約30年前に購入した骨董品だという。カフェアルルの玄関先や店内にあるものは、根本さん自身がこれまで都内を散歩してきた成果であったり、根本さんの知人・友人が旅をしてきたおもいでだったりする。
日本人の目にも珍しく見えるであろうこの「ニャポリタン」は、新宿を訪れる外国人の観光客がけっこうな頻度で記念撮影をしていくそうだ。ただし、猫の鳴き声(ニャ~)とナポリタンをかけた言葉であることまでは分かっていないんじゃないか、と根本さんは笑う。
道化師(ピエロ)の彫刻は店内にもいくつか置いてあって、それぞれが個性的だ。表情が豊かで、笑っているようにも、泣いているようにも見える。根本さんによると、「自分もピエロのように誰かを応援するような存在でありたいと思っています。その気持ちを忘れないよう置いてるってかんじかな」とのこと。どんな種類があるか、探してみてほしい。
カフェアルルが人気の喫茶店となった理由の1つに、「店内にいるお客さんの行動を絶対に急かさない」という信条が開店当時よりあることが考えられる。注文の量やお値段に関わらず、とにかく長いあいだまったりくつろいでいけるのだ。根本さん自身もプライベートでは存分にゆったりできる喫茶店ほど好きでリピートしているという。やはり、普段から自分がいいと感じるスタイルを崩したくない思いがあるそうだ。
取材とはいえいろんなお話を聞かせてくださるのでかなり意外だったのだが、根本さんはお客さんにはあまり積極的にコミュニケーションをとりにいかないらしい。「自分の好奇心を満たすための会話をしにいくのでなく、話したい気持ちを持っているなと分かる人に声をかけるんです。何か困ってそうだな、知りたがってそうだな、とか」。なるほど、そういう視点で接客をしているのだなあ。
先ほど「お客さんを急かさないスタイル」について触れたが、それはお通しにもあらわれている。なんと、珈琲1杯でもこの写真にある「ジャイアントコーンとバナナ」がついてくるのだ。理由は単純で、喫茶店に入ってくるときは皆おなかを空かせているだろうから、だ。注文品が届くまでこれで少し待っていてくださいね、というサービス精神がずっと継続されていることがうれしい。根本さんは「お店のスタッフは毎回これを持っていくの大変かもしれないけどね」と照れ笑いをするが、「立地的に、わざわざここまで来ようとおもわないと来られない喫茶店だと思うからサービスはしっかりしたい」という本心も聞かせてくれた。
ちなみに、こういった満腹感へのこだわりや急かさない信条を熟知しているのか、店内がどれだけ混んでいても席が空くまでは店頭で待っているという人も多い。猫カフェとしても広く知られているので、ニャンコとニャンコのいる空間がお目当てな人もたくさんいるはずだが、それにしたって皆さん、待つ、待つ、待つ――。
「長時間いらしても今いるお客さんに退店を促すことはまずないので、店頭にいる方には待っていただくしかなくて。もうむりして並ばなくていいんですよって気持ちを込めてポストカードを渡したりするんですが……」。実際には何も言わずスッと手渡しをされるのが下記のもの。実は、デザインが40種類もあるらしい……!
はじめて猫を喫茶店で飼ったのは26年前。食品を提供する店舗のなかでペットを自由に歩かせる環境は、衛生上の問題でタブー視されていたような時代だったそうだ。現在は「猫カフェ」がブームとなり、定着し、カフェアルルはごく一般的な喫茶店の仲間入りをしている雰囲気があるが、開店当時はかなり異色だったという。
フランスでは、ペットは家族という認識が強く一緒にお店に連れていくのはごく自然なこと。フランス語から店名をつけているカフェアルルも、そういう風土がごくあたりまえのようになってほしいと思っている。もちろん、猫だけでなく犬も入店ウェルカムだ。
今月の初仕事を終えました!一生やっていたいくらい、楽しかったです!
— セキ・ア・ラ・モード(セキアラモード) (@sekipresso) March 2, 2022
詳細は情報解禁OKになったら、お知らせします! pic.twitter.com/zruaREWnTC
「アルル」とは南フランスのプロヴァンス地方に実在する地名で、フランス人の友人に名付けてもらったそうだ。ただし、それにしようと決めた理由が面白い。現代の感覚にはおよそなくなってしまったであろう視点なのだが、「あ」から始まる名前の喫茶店だと50音順に並ぶ電話帳でお客さんが問い合わせをしやすく、語感も覚えやすいため使い勝手がよいのだ。カフェアルルが開店したのは昭和時代。インターネットのない頃なので、分厚い電話帳のページをめくって電話をかけてリアルタイムの情報収集をするのが一般的だったのである。むろん、電話番号もサッとかけやすいよう下4桁を「0003」にするなど、店にアクセスするまでのハードルが低くなるよう工夫がなされている。
小ネタだが、根本さんの妻が経営するお店は新宿・歌舞伎町にある「ラルレジェンヌ(L’Arlésienne)」で、「アルルの女」という意味がある。しゃれている。
なお、ネット検索するほうが早いと思いがちな昨今でも、喫茶店マニアのセキ・ア・ラ・モードさんは何のためらいもなくすぐに電話をかけるタイプだ。個人経営をするお店に行くことが多いため、「明日、お店は開いていますか?」「何時頃なら空いていますか?」「たばこは吸えますか?」など、気になったことをどんどん質問する。セキさんの情報って本当に生ものなんだよな……。
カフェアルルには、TwitterやInstagramといったSNSアカウントが存在するのだが実はどれも店舗公式のものではない。運営しているのはお店のスタッフではなく、アルルをこよなく愛するお客さんだというから驚きだ。足しげく通うファンが写真や動画を撮影してはアップする流れが、スタッフも分かった上で成り立っているという。本当に、心から好きじゃないとなかなか続かない習慣だとおもう。すごいなあ。
また、スタッフのアルル愛も負けてはいない。根本さんが「お客さんを急かさないスタイル」なのを十分に理解しながらも「本当に大丈夫なんですか?」とお伺いをたてにきたりするそうだ。でも、モットーが変わらないのは分かっていてのこと。オーナーとスタッフがこういう忖度ないやりとりができる間柄だというのは、なんだか羨ましい。
ところで、カフェアルルでは店内での喫煙が可能だ。禁煙席を設けてはいない。たばこをNGにしない理由を伺うと、「今までだめにしてなかったものをだめにしたくない。税金をいっぱい払っているんだから、都内の喫煙可能店、威張って吸ってほしいんです。猫にたばこはよくないんじゃないですか?って保健所に通報されたりすることもあるけれど、営業は続けられています。これまでとは手のひら返すようなやりかたが僕はあまり好きじゃないんだよね」と、あくまで開店当初からのスタイルを貫いているだけと主張する。時代の雰囲気より、店まで来てくれるお客さんのニーズを読み取っているのだろう。
実は、店内にいる猫ちゃんの名前や特徴についてはいろんなウェブ媒体が紹介していて有名人ならぬ有名猫になっている。ここであまり彼らに触れていないのは、セキさんの喫茶店ネタで浮上することがあるので、そちらで「へーっ、そうなんだ!」という気づきを得つつ笑ってほしいなあとおもっているからだ。……ふふふ、ハードル上げちゃったかな?
さてさて、今回の『喫茶店大好き芸人セキ・ア・ラ・モードのネタづくり散歩』では、カフェアルルのお店の内外にあるものから「オーナーの根本さんご本人がめちゃくちゃ散歩をしてきた形跡が読み取れる」というのが分かった。聞かなければ分からなかったこともたくさんあった。しかーし!次回は、もっとこう、お店にたどりつくまでのこととかも充分お伝えできるようにしたい。ささっ、セキさんもっとじゃんじゃん歩きますよーっ!
取材・文・撮影=Cooley Gee、セキ・ア・ラ・モード
Cooley Gee プロフィール
ジャンルを問わず好奇心の赴くままにコンテンツへの「突入」「徘徊」「対戦」「攻略」をする人
セキ・ア・ラ・モード プロフィール
喫茶店大好き芸人です。1993年、宮城県仙台市生まれ。大学卒業後、4年間はスーツ屋さんで働いていました。名前の点(・)は区切らず、なめらかに「セキアラモード」と呼んで貰えたら嬉しいです。