店名と看板商品の由来は千成瓢箪
豊臣秀吉の馬印(戦陣で大将の所在の目印としたもの)、千成瓢箪にちなむ千成五色もなか。 小倉、ごま、梅、白、こしの5種類のあんは風味豊かでコクがあり、厚みのある香ばしい皮と合わせると食べ応え抜群。 縁起のよいひょうたんの形で、食べると福が舞い込みそうだ。
この最中を店名に掲げる『千成もなか本舗』大塚店が店を構えるのは、JR山手線大塚駅の南口・都電荒川線大塚駅前から徒歩1分、荒川線の軌道のすぐ側だ。
昭和12年(1937)に最中の専門店として創業し、まもなくしてどら焼きなどの和菓子も作り始めた。 平成8年(1996)には大塚店から徒歩15分、JR山手線・都営三田線巣鴨駅から徒歩1,2分の場所に巣鴨店を開き、以来2店舗を営む。
現在は、初代の清水信次郎氏の孫にあたる清水秀広社長と、社長の姉で今回お話しを聞かせてくれた大塘(おおども)恵美さんらご家族が店を守る。
一番人気は餡なしのどら焼き、和風パンケーキ!
常連客のリクエストを受けて、10年ほど前から始めたという餡なしのどら焼き、その名も和風パンケーキ。 どら焼きを皮だけ売るなんて納得できないという職人さんを説得して販売を始めたそう。
今では最中をしのぐ人気ぶりで、一日中焼き続けても追いつかないほど。 お話しを伺う間にも飛ぶように売れていく。
しっとりふんわり香ばしく、1枚では止まらない。 卵をたっぷり贅沢に、小麦粉と同割配合し、隠し味に醤油と酒を入れることで香ばしくコクのある生地が焼き上がるそうだ。
常連さんの中にはこれにお店の水ようかんを挟んで、シベリア仕立てで楽しむ人もいるという。 シンプルにオーブントースターで少し温めて、たっぷりバターをのせるだけでもとびきりおいしい。
職人歴10年超の青野正さんは、新大塚の工場で大福や赤飯を作ってから店へやってきて、和風パンケーキを焼きはじめる。 銅板に生地を流してガラスの蓋をして蒸し焼きにし、一呼吸おいたらさっと裏返す。 手際の良さに見惚れながらお話しを伺っていると、使い勝手の良さそうな作業台や店頭の椅子なども青野さんの手作りだと聞き驚いた。 さらに驚いたことに、青野さんの本業はカメラマンだという。 2足のわらじを極めている。
焼き上がると店頭のお客さんに「焼き立てなので食べてみてください」と気前よく試食をふるまっている。
サービス精神旺盛な青野さんは、ごくたまに店に余裕があるときは、パンダなど、特別な形の和風パンケーキを焼いてくれることがある。 焼き時間で濃淡を付ける職人技に釘付けだ。
受け皿代わりに焼き立ての和風パンケーキを載せてくれた、なんとも味のある包装紙は、創業時にお客さんから公募した「いろはかるた」を配したもの。 お店のお菓子への愛情とユーモアたっぷりで、「お」は「弟の菓子を手品でまき上る」、「す」は「スキースキーモナカスキー」。
「お客様やご家族が考えた『いろはかるた』なので、お店だけのものではなく、皆さんの包装紙なんです。 この先も包装紙を変えることはできませんね。」 と大塘さん。
大人気のあんバター
餡なしのどら焼きが人気ということは、皮がおいしいということ。当然のごとく餡入りのどら焼きの人気も高い。中でもファンが多いのはあんバター。北海道産の艶やかな粒あんにカルピスバターをのせ、塩をふりかけたもの。
大塘さんのおすすめに倣い、バターナイフであんとバターを一度外して、皮だけを軽く温めたらあんとバターを再度のせる。焼き立ての食感と風味がよみがえった皮に、香り豊かなあんと口溶けよくクリーミーなバター、塩が重なり、幸福感に包まれる。
大塘さんによれば、お店の自慢は「できたてを出していること。大福も赤飯も毎朝作っているし、どら焼きは焼き立て。保存料を入れていないというより入れ方が分からないのです。」。
蜜氷をふわふわに削るかき氷はシロップかけ放題
お店にひっきりなしにお客さんがやってくる理由はそれだけではないだろう。お邪魔した日はシロップかけ放題のかき氷がスタートした日。今年のかき氷の客第一号になり、青野さん特製の蜜氷をふわふわに削った氷に、いろいろなシロップをかけて楽しんだ。実のところ、ほんのり白蜜の味がする氷だけでも十分満足。シロップのかけすぎには気をつけたい。
おいしくいただきながらお客さんの様子を眺めていると、みんなニコニコ楽しそう。焼き立ての和風パンケーキを頬張る人もお菓子を選ぶ人も、お店の人もいい笑顔だ。人は街の愛され和菓子店の大きな魅力なのだ。
文・撮影=原亜樹子(菓子文化研究家)