浅草橋で紡いできた店主家族の歴史
老闆娘=女店主の山岡さんは、70年代、祖父の代に台湾南部の屏東からやってきた台湾ファミリー。その昔、家族は浅草橋駅近くで台湾からの行商人をお得意さんとする宿を営んでいたという。台湾で日本製品が手に入りにくかった当時、メイドインジャパンの良質な日常品は引く手あまたで、問屋が密集するこのあたりは、商品を大量に買い込む台湾行商人で賑わったそうな。行商人は来日する時も手ぶらではない。日本に暮らす同朋に向けて、台湾の日常品や食材を持ち込んでくる。台湾定番の電気鍋やヘチマのタワシ、台湾旧暦のカレンダー、お線香に塗り薬や湿布、調味料に乾物、麺類等々。おかげで山岡さんファミリーの食卓には、日本にいながら台湾の故郷と変わらぬ料理が並んでいた。月日が流れ、到来したのが近年の台湾ブームである。
いつも作っている台湾料理がもてはやされているのを見て、山岡さんは店を開いてみようかと思い立つ。近所に店じまいした小ぶりな飲食店があり、居抜きで借りて店を始めたのが2020年。
「お店のつくりは、おばあちゃんの家のイメージです。薄暗い電気に昔ながらの調味料を並べたり、実際に昔台湾からおばあちゃんが日本にもってきた小物等を飾ったりしてます。緑色は台湾の定番カラーですが、うちのグリーンは日差しの強い屏東でちょっと日焼けして色褪せたグリーンをイメージしてます」と山岡さん。
万事が日本と台湾をまたいで暮らす実生活の延長であるからして、わざとらしい派手派手しさはない。店先で小物類も少しばかり売っているので、台湾の田舎のご近所が集って茶飲み話していく雑貨屋みたいにも見えてくる。
店内は台湾の日常品や雑貨で飾り立てられているがごてごて感はなく、うまくまとまっている。自分たちで手造りしたよとのこと、なかなかのものである。長年愛用していた電気鍋なども飾ってあって本物の生活感が漂っているあたりもいい。台湾好きなら現地に戻ったような居心地にほっこりさせられ「あ〜」とか、郷愁のうめき声をもらすことだろう。
メニューはどれも、円熟した台湾家庭の味
招牌=看板商品は、店名にもなっている台湾スイーツの定番・豆花。それに、豚肉ぶっかけめしのルーロー飯700円、それの鶏肉版チーロー飯700円、蔥油餅(ネギのパイ)300円などのこちも台湾定番の軽食を、台湾茶450円(故郷で茶を作っている親戚から分けてもらう、一般に出回らない品!)とともに味わえる。台湾カステラ300円や米酒と生姜の鶏肉スープの麻油雞(マーヨーチー)セット1000円などもしばしば登場。
豆花はほどよい柔らかさで甘さ控えめ。ルーロー飯は八角を使わずあっさりめなスタイル。チーロー飯の方は元々あっさりしている鶏肉にルーロー飯の汁を加えて奥行きを出している。どちらも毎日食べられそうな、日常食としての味わい。食べ足りない大食漢には、ネギの香りが香ばしくもっちりした蔥油餅もぜひ挑戦を。
あくまで家庭料理ですよと山岡さんは言うが、一家代々日々の積み重ねがないと到達できぬであろう円熟した台湾家庭の味である。大げさかもしれないけど。
まがいモノでない台湾の空気が流れている
スタッフは全員台湾人女性。まとめ役の山岡さんほか、賄い+α担当のお母さん、調理場担当は遠い親戚の「イーちゃん」。そして年期の入った看板娘が、伯母さんの「アンティー」だ。
英語のauntieに由来する呼び名で、山岡さんは小さい頃から「おばさんじゃなくて、アンティーと呼びなさい」と命じられていたとか。
イタズラ好きそうな目をくりくりさせながら、台湾人らしいオープンさでお客を明るくもてなす。常連の子供を店先であやしたり、自由奔放な振る舞いが、まるで台湾映画の一コマである。
さらに特筆すべきは、現地で仕入れて売っている雑貨類である。ありがちな品物じゃ面白くないからさと、有名神社龍山寺のお守り入れ(但し中身なし)とか、手の平サイズのミニチュア学生カバンとか、地元菓子のミニチュアに自作したミニチュア買い物籠を組み合わせたり(1500円〜)、独特すぎるセレクト眼は下手な雑貨店より刺激的、しばしば買ってしまう。
小ぶりな4人掛けテーブルが3つにカウンター席という店内は狭く、昼時や週末は行列もできる。だが大手洋服店で働いた経験もある山岡さんは、混雑を上手にさばいていく。そのあたりの接客ぶりもいい。
コロナで実家に戻れない台湾留学生の友人に店を紹介したら「懐かしいです」と食べながら目に涙を浮かべた。「そう言ってくれる台湾の人、いるんだよね〜」とアンティー。ここにはまがいモノでない台湾の空気が流れている。一人で訪れて座っているだけでも楽しい。
ゆっくりしたいなら、空いている率が高い平日の15時以降をおすすめしたい。
取材・文=奥谷道草 撮影=唯伊