キャンドルの炎を見つめながらリラックスできる“居たくなる酒場”
京王井の頭線神泉駅を出るとちょうどトンネルから車両が出てくるのが見えた。鉄道好きというわけではないが、トンネルを出入りする車両を見ると無性にワクワクする。
電車を見送ると、南口側の遮断機のすぐそばにビストロのような小さな店『居酒場 IGOR COSY 神泉』を見つけた。
どんなお店なのかなとのぞいてみたら、カウンターに一升瓶がズラリと並んでいるではないか。興味を惹かれ、中に入って店長の桜井茜さんとスタッフの渡辺小夏さんに話を聞いた。
「ここは居心地のよさを追求した“居たくなる酒場”をコンセプトに掲げ、2020年にオープンした“居酒場”です。この店の代表で料理を監修している丸山智博がフレンチ出身のシェフなので、フレンチやアジアンなど多彩なエッセンスを盛り込み、気取らない居酒屋料理を提供しています」と桜井さんは話す。
店名の“COSY”とは英語で“居心地がよい”という意味だ。「日本が大好きなフランス人のIGORさんから『COSYって日本語で何て言うの?』と聞かれたときに、居心地というその響きから発想し『IGOR COSY』と名付けた……という空想のエピソードを元にしています(笑)」と、桜井さん。あはは、あまりによく練られたエピソードなので途中まで実話だと信じていました!
木目を基調にし、白熱灯や卓上のロウソクの柔らかい光が心地よい。カウンターの上にズラリと並んだ酒瓶は、すべて焼酎だ。「本格焼酎をたくさん用意しているんですよ。いろいろな呑み方ができるので、料理とのペアリングも楽しめます」と渡辺さん。
小さなお店が点在している神泉は、いろんな店をはしごして楽しむ人が多いという。「この界隈で飲み慣れている人は、焼酎目的でウチに入ってくる方が多いですね。食事よりも呑みがメインのお客さんが多くて、カウンターや立ち飲みスペースで焼酎を1〜2杯飲んで次の店に行くようです」
そういう飲み方もいいですね、さっそく1杯飲みたくなってきました。
シーズナルの本格焼酎を厳選し、約50銘柄を常備
焼酎は芋、麦、米、黒糖、泡盛、蕎麦からシーズナルな本格焼酎を厳選している。カウンターに並んだ酒瓶のラベルを眺めるだけでも楽しいが、今日のラインアップは知らない銘柄のほうが多い。さて何にしようか。
アゴに手を当てて悩んでいる筆者に、「焼酎なら好きな飲み方を教えてくだされば、お好みに合う銘柄をおすすめしますよ」と桜井さんが声をかけてくれた。こんなふうに相談できるのはありがたい。
水割りをお願いすると本格芋焼酎の六代目百合650円を選んでくれ、渡辺さんがなんとシェイカーに焼酎と氷を入れてシャカシャカッ。これには驚いた。「水と焼酎が混ざり合って味がまろやかになるんです」というから楽しみだ。
ストレート、ロック、水割り、お湯割り、ソーダ割りとさまざまな飲み方が選べるほか、焼酎と水を混ぜて数日寝かせた前割りや、焼酎を使ったオリジナルカクテルなども楽しめる。
ワイングラスに注がれるのも焼酎のイメージを覆すオシャレ感。「うふふ、このお店から焼酎の新しい飲み方を展開していけたらいいなと思っています」。
「今の焼酎は日本酒のような吟醸があったりして、飲みやすいものが増えています。若い世代にはソーダ割りが人気ですね。最初は焼酎が苦手だったけど、ウチで飲んでいるうちに好きになったというお客さんもいます」と渡辺さん。
これだけ銘柄数があってなおかつ飲み方も選べるなんて、焼酎は奥が深くて面白いな。
どれも初めて飲んだ焼酎ばかりで、しかも飲み方も面白い。焼酎を飲み慣れた人にとっても新しい発見がありそうだ。おいしいお酒を飲んでいたら、おつまみが欲しくなってきた。
居酒屋メニューにフレンチのエッセンスを加えた料理
『居酒場IGOR COSY 神泉』の料理メニューは、和をベースにフレンチのエッセンスが織り交ぜられ、肩肘はらずにいただける。しかも、焼酎に合う酒場メニューを軸に構成しているのでとことん焼酎を味わい尽くせるのだ。
「旬の食材を使い、居酒屋メニューでありながらひとひねり加えたものが多いです。うちは焼酎だけでなく料理からも季節感を感じられますよ」と桜井さん。
定番メニューの中から、炙り〆鯖 春菊醤油仕立て1000円と、雲丹のせ笹豚焼売 ライムリーフの香り1200円をオーダーした。
〆鯖は1649年創業の老舗・マルカン酢のお酢を使って締めている。「ちょっと生の感じが残る程度に締めているんですけど、やさしい酢加減でマイルドに仕上げています。さらに皮目を炙ることで香ばしさが加わってめちゃめちゃ焼酎に合います」
〆鯖を盛り付けたら、鮮やかな緑のソースを乗せる。「春菊を茹でて滑らかなペースト状にしたものに醤油で味つけした」というフレンチっぽいアレンジだ。
〆鯖とともに焼売も蒸し上がった。蒸し器を開けると湯気で目の前が真っ白に! 新鮮な雲丹を乗せて完成だ。
酒と肴が揃ったところで筆者のニヤニヤが止まりません。早々にカンパ〜イ!
まずは、〆鯖だけで食べてみた。浅めに〆て生っぽく仕上げた〆鯖は、最初に炙った皮の燻感があり、ほどよく脂もあって爽やかな飲み口のソーダ割りに合う。春菊のソースをつけるとほろ苦さやエグ味も感じるが、醤油の風味がうまくバランスをとっていて、鯖特有の匂いが気にならない。
桜井さんは、「このソースは、〆鯖がなくなったあともこれをアテに飲む人がいるくらい人気なんです」と話す。筆者もこれは気に入った。単品でおかわりしたいくらいだ。
次は雲丹のせ笹豚焼売 ライムリーフの香りへ。せいろの蓋を開けると、焼売と一緒に蒸したライムリーフのさわやかな香りがふわ〜っと鼻をくすぐった。大ぶりの焼売に酢醤油とカラシをつけて食べてみると、ブリンとした食感で肉汁がじゅわっと口の中に広がる。う〜ん、山海の珍味が口の中で溶け合ってる!
肉だねにホタテが入っているから、トッピングの生ウニと親和性があるんだなぁ。それにしてもウニの強い磯の風味とコクに負けない豚肉の旨味よ。
アツアツの焼売を口いっぱいに頬張りながら、冷えたソーダ割りがこれまた合う!
料理もさることながら、個性豊かな焼酎も味わえる。またふらりと来て新しい味覚に出合いたい。
構成=アート・サプライ 取材・文・撮影=パンチ広沢