元サラリーマンの店主の感動から始まったストーリー
JR新橋駅烏森口改札を出て居酒屋が立ち並ぶ飲み屋街を抜け、広い通りを横断すると、街の様子や色自体が少し変化して、全体にグレーが中心のオフィス雑居ビルが立ち並ぶ風景となる。『スープカリィ厨房 ガネー舎』があるのはそんな街の一角。
目印はビルの角に掲げられた、たたみ一畳ほどの看板。赤金に『ガネー舎』と白文字で店名が書かれている。視線を下にずらしていくと、地下につながる階段が口を開け、階段の入り口には店主の手作り感がダイレクトに伝わってくる立て看板。メニューの切り抜き写真が食欲をそそり、客を店内に誘導する。
2002年に開店した『ガネー舎』は、スープカリィの元祖といわれる辰尻宗男氏の味を継承するお店だ。
店内はカウンターを入れて17席ほどの椅子が広めのフロアーにゆったりと配置されている。照明は暖かくやさしく。壁の各所に年代を積み重ねて貼られてきたメニューやプライベートな写真、お客さんからいただいたというメッセージやおみやげなどが地下の空間に隠れ家感を醸し出している。
店主のお名前は米山幸彦さん。もともとはお隣の浜松町駅で旅行代理店のサラリーマンをされていた方。それが現在、この新橋で愛され続けるスープカリィのお店をされるようになった経緯をまずお伺いしてみた。
「北海道に出張で出かけることが多く、そこで友人にスープカリィのお店によく連れていってもらいました。その味の深さに感動して『これは東京に持ってきたら本当に喜ばれる』と感じたのが始まりです」。
米山さんとスープカリィが出合ったのは20年以上も前の話。その後、米山さんをスープカリィの店に連れいった友人が先に「アジャンタ」で勉強し、国立で店を開いた(現在は閉店)。米山さんはそこで修行をして新橋で店を開くことになる。つまり「アジャンタ」から言えば孫弟子にあたる関係。「辰尻さんが出していた元祖スープカリィが味わえるのは、現在はうちだけだと思います」と米山さんは語る。
お昼には、約3回転、50名ほどのお客さんが来店するそう。男女はだいたい半々。「薬膳のおかげで体調や便通も良くなるので、女性にもたくさん来ていただいているのだと思います」とのこと。
一口食べれば身体はポカポカ。女性にも大人気の薬膳カリィ
一番人気のメニューは鶏のモモ肉それにピーマンとニンジンがゴロっとはいった、とりカリィ1200円。では、いただきます。
まずは自慢のスープをひとさじ。最初に感じるのは、野菜から出ていると思われる豊かでやさしい甘み。そのあとにスパイスの辛さがやってくるのだが、これはそれほど強烈なものではない。あくまでもやさしく、とても食欲をそそる。が、ものの1分ほどで身体がポカポカと温まってきて、心地よい汗が出てくる。
鶏はほろほろと崩れ、軟骨まで抵抗なく食べられる。野菜はきちんと食感があって、野菜本来の味が楽しめ、それがまたスープと相まって口中を幸せにしてくれる。「あーこれだ」と思える、素直に「おいしい」と感じる味。これはクセになるな。
テーブルには味唐辛子と7種類のスパイスが入ったテーブルマサラも用意されていて、基本のカリィに辛さを好みで加えて楽しむ方も多いとのこと。
「うちのカリィが本当に好きで週に3日くらい来店する方も結構いらっしゃいます。ただ薬膳の考え方から言うと、だいたい週に1度くらい来ていただくのが良いかもしれませんね。薬膳を食べて漢方が身体の中に吸収され、体内のいらないものと一緒に身体から出ていくのに一週間くらいかかると言われているので。だから毎日食べるより週に一回くらいの方が健康には良いと言われています」と米山さん。
そう言われても、つい週3で食べたくなる方の気持ちも理解できる……。
スープの味を守ることが第一
米山さんがスープカリィ作りで常に心掛けているのは、味を守ること。スープ作りは非常に繊細な作業で、たった数分、スープの出汁をとる時間が変わっただけで味がガラッと変化してしまうとのこと。「そこが難しいけれど、面白いところですね」と米山さん。
カリィは一番人気のとりカリィのほか、特に女性には野菜カリィも人気。こちらには季節ごとの野菜が入れられているとのこと。取材を行った1月には大根とカリフラワー。夏には冬瓜なども入れられるとのことだ。
「このスープカリィの味、ずっと食べていたいですね」との取材者の言葉に「そうですね、この味は残していきたいですね。65歳くらい(ちなみに取材時、米山さんは63歳)になったら誰かに作り方を伝えていきたいですね」と米山さん。
この味はぜひ誰かに継承してもらわなければならない。『ガネー舎』のスープカリィよ永遠なれ!
構成=アート・サプライ 取材・文・撮影=夏井誠