新宿三丁目で異彩を放つ極彩色空間
新宿三丁目、明治通りの東側には、わずか200m四方ほどの場所に、それこそすべてのジャンルの飲食店が集まっているような印象を受ける。オフィスビルのような高層の建物もほとんどなく、古くからこの場所で営業を続けているような店舗も多い。
この飲食店街の一角に『MEXICAN DINING AVOCADO』がある。店舗はビルの2階と4階にあり、地上の階段の前にお店の小さな紹介ボードが置かれている。初めて来る人だと見逃してしまうような控えめな入り口だ。
しかし、お店に気づいて見上げてみると、そこに大きくAVOCADOの店名。そして開け放たれた窓からは、チロチロと光る様ざまな色のランプが見え、全く違う空間がそこにあるのを知らせてくれる。
階段を上がり、2階の店舗へ。扉を開け店内に入るといきなり飛び込んでくる色彩。木製のカウンターやテーブルを背景にするように、赤、黄色、青、緑などの原色が壁、カウンターの上、天井などいたるところに存在している。
色彩の中でひときわ目立つのが、入り口を入り正面のカウンターの背後にあるピンク色の壁。手前には酒瓶が並べられ、ライトアップされている。
不思議なことに、これだけの色彩が勝手に存在しているようで不思議と統一感があり、原色に囲まれているのになぜか暖かくて落ち着いた空間を作り出している。
「一面のピンクの壁はメキシコを代表する建築家のルイス・バラガンの作品を参考にしたものです。お店全体は、最初はもうすこしすっきりしていたのですが、お店をやっているうちに、自分も大好きなのでいろいろメキシコのものが増えてきました」と語るのは、店長の久保田真実さん。
久保田さんからいただいた名刺には、店長の肩書と共に、ひどく興味をそそる「テキーラ部 部長」の肩書も印刷されている。この件についてはのちほど。
新宿三丁目らしくない店にしたかった
まずここ新宿三丁目になぜメキシコ料理を開いたのか、その経緯についてお伺いした。
「新宿三丁目に店を開きたい、というオーナーの意向があったのですが、実は何のお店にするかは決まっていませんでした。2010年の当時、新宿三丁目はあまり明るいイメージがなく、大人の飲み屋街という雰囲気。そんな土地でやるならイメージを変えてしまうような店にしたい、という思いからメキシコ料理の店にしました」と久保田さん。
イタリア料理をやっていたシェフとともにメキシコ人のスタッフを雇い、現地の味を再現していったという。開店当初は、現地の味を忠実に再現するあまり、スパイシーすぎて日本人には合わない料理もあったとのこと。その後、試行錯誤を繰り返し、日本人に好まれ、メキシコ人が食べても納得してもらえるような味にたどり着いた。
こだわりの手作りトルティーヤ
今回注文したのはタコスプレート。ランチの中で十六穀米タコライスと並んで人気のあるメニューだ。
ワンプレートの上にお皿が見えないくらいに盛られているサラダ、アボカドにパクチー。チキン、フィッシュ、ポークの3種類の肉。真ん中にサルサの小皿(サルサはソースという意味。なのでサルサソースとは言わないとのこと)。お皿の端にライムがひと切れ。そして別皿にトルティーヤが3枚添えられている。
「このトルティーヤは手ごねの自家製です。トルティーヤにはこだわりがあって、本当にいろいろ試行錯誤をして作り上げました。市販のものとは全然違います」と久保田さん。
まずは試しにサルサだけを口にしてみると、最初にトマトの旨味、そして後を追うようにスパイシーな辛さがやってくる。サラダ、チキン、アボカド、パクチーをトルティーヤに乗せ、そこにサルサ。最後にライムをチュッとひと搾り、口を斜めに持っていく基本姿勢でかぶりつく。
すべての具材とトルティーヤがサルサで繋がり、食べるほどに食欲がさらに刺激されるような味わいだ。なるほど辛かったサルサも具材と共に食べればちょうどよい味になる。
次はポーク、そしてフィッシュと組み合わせを変え、少しずつ違う味を楽しむことができるのも楽しい。メキシコの人びとはコロナビールなどを飲みながら、こんなうまいもの食べていたのか。うらやましい。
さて久保田さんの肩書に合った「テキーラ部 部長」の件。もちろんこのお店だけの「部活」である。
「テキーラって、強いお酒のせいもあって悪いイメージが強いんですね。だから少しでもその良さを知ってもらうために始めた活動です。3か月に一度くらいお店に集まって、料理を楽しみながらテキーラベースのカクテルなどを楽しんでもらっています」と久保田さん。
原色に囲まれたとにかく明るくて、それでいてとても落ち着く空間。そしてそこでいただくメキシコ料理。すぐ下のある新宿の喧騒も忘れてしまうちょっと幸せな異空間。ぜひ一度お試しを。
構成=アート・サプライ 取材・文・撮影=夏井誠