小野正弘 先生
国語学者。明治大学文学部教授。「三省堂現代新国語辞典 第六版」の編集主幹。専門は、日本語の歴史(語彙・文字・意味)。

漢字の成り立ちをひもとく

小野先生 : 「町」という漢字は「田」と「丁」から成っています。そもそもは、田んぼを区切るあぜ道の意味がありました。日本語の「まち」も、元々は田んぼの区画を指しました。
奈良~平安時代の庶民の歌謡「催馬楽(さいばら)」に「島つ田を 十万知(マチ)つくれる(島になった田んぼを、10区画作った)」というような例があります。
一説には「まち」の語源は、「ま(間)」「ち(路)」 、つまり、田と田の間の道であったともいわれます。

筆者 : 現在は「町」といえば田んぼがあるような田舎ではなく、市街地のことを指しますよね。「村」と比べて「町」は明らかに栄えているような……。

小野先生 : 「むら」の語源は「むれる(群れる)」ですから、人が集まるという意味があります。大勢が集まれば、土地を整理しなければなりません。そのときに役立ったのが、「町」という区画の概念。さらに、交易が盛んになると商業の場としての「市」がたつというわけです。
歴史的には、平城京のような都城が築かれるようになると、行政区画の単位として「町」が使われるようになりました。東西南北に走る大路に挟まれた四つの坊を「町」と呼んでいます。

筆者 : 元々の「町」は市街地ではなく、「区画」という意味でとらえたほうがよいのですね。だから、現代でも区画の必要がないような田舎には、「町」という地名はつかないのかも……。

「町」と「街」の違いは?

小野先生 : ちなみに、「意見がひとによってまちまちだ」などというときの「まちまち」も、区画としての「町」から派生した言葉です。すでに平安時代から使われています。
「繁華な場所」という意味の「まち」は、室町時代の末あたりから用例があります。これは、平安時代から「まち」が、「ものをあきなう店の集まった区域」という意味も持っていたことによります。
織田信長の楽市楽座などが有名ですが、室町時代は非常に商業が発展した時代です。そんな背景があり、単なる区画から「町」の意味が変わっていったのだと推測できます。

筆者 : 同じ「まち」でも「町」と「街」ではニュアンスが違います。私たちも書き分けていますが、書き手によって感覚は違うのかも…。

小野先生 : 「街」と書くときは、より市街地の意味に近づきます。そもそも「街」の字源は、「十字路」から来ています。道が交差するところには多くの人が往来しますから、そこから大通りや街中(まちなか)を指すようになりました。

筆者 : 漢字の成り立ちからして、「町」は区画ですが、「街」は人が集まる場所という意味合いを持っていたわけですね。

小野先生 : そのとおりです。「Wall Street」を「ウォール街」と訳すような例があります。「街」には単なる店や人が集まる場所や通りではなく、ひときわ栄えている場所だというニュアンスを感じますね。
森高千里の「この街」も、単なる区画としての「町」ではなく、友人をはじめとした住人たちが行き交い栄え、とんこつラーメンを食べに行ったりする場所で、それだけ愛着のある土地なんですよね。
え、なんで、そんなに詳しいのかですって? 私、森高千里のファンクラブ会員だったんですよ(笑)。

取材・文=小越建典(ソルバ!)