少数派だった雨漏りの民
普通に雨漏りしてる笑
そうか、ここからも漏るのか。という発見。 pic.twitter.com/rAnqwmRTft— おっ@B907で暮らしてたひと (@2pCScerLUko6DPW) July 2, 2021
住む前から雨漏りするとは聞いていた。オーナーからは雨漏りをアトラクションのように楽しむ者もいるとも。なぜだかカプセル住民は、ハードな状況に置かれるほど目を輝かせる傾向がある。最初の記事に書いた通り、奴らはインドに沼落ちしたバックパッカーと同じ眼をしているのだ。愛は偉大だ。
入居した当初、雨漏りするカプセルに住む人はそう多くなかった。仲のいい住民のひとりは住みはじめた頃から雨漏りするカプセルで、部屋のあちらこちらにプラカップを置き、たまにその様子をLINEで教えてくれる。
少し羨ましかった。私の部屋はトイレが詰まるくらいしかトラブルがなく、もう少しカプセルの奴隷度をあげたくて、刺激がほしいと思っていたのだ。あの日までは。
雨漏りの水は黄色いと知ったあの日
雨漏り報告はカプセルマウントなのでは、と考えをこじらせはじめたある日、我がカプセルにも異変が起きる。なんだかクローゼットが臭いのだ。クローゼットのドアを開けるたびに、フワリと雑巾の香りがする。我慢を重ねて数日、かけていたワンピースが濡れていて、これが雨漏りだと知る。雨漏りは雨が降った日に起きるとは限らないのだ。小さなプラカップを置くと雫が貯まり、雨漏りの水は黄色いと知った。これが「カプセル汁」か、これで私も雨漏りする民に仲間入りというわけだ。
この頃には、少数派だった雨漏りカプセルもじわじわと増え、数ヶ月で半数以上の住民が雨漏りするようになっていた。
ゲリラ豪雨で自宅に滝ができる
雨漏りを語るなら、あの日のことを語らねばなるまい。梅雨も過ぎ去った夏の日、仲の良い住民で集まり、ザッハトルテを食べていたら、ゲリラ豪雨でが到来した。雨漏りする民たちは一目散にマイカプセルへ戻り、被害を確認。ことの沈静化をはかって、雨音を録音したり雨のカプセルを動画におさめたり、おもいおもいに活動していたそのとき、上の階から叫び声が響いた。
急いで駆けつけるとみんなの溜まり場、Oさんカプセルの前に湖ができている。玄関のドア上から滝のように雨水が流れ、共用部に流れ込んでいるのだ。混乱しながらカメラを構えると、Oさんが玄関ドアを開けながら滝越しに手を振ってくる。なぜ、余裕でいられる。心配した住民たちが入れ替わり立ち替わり、バケツ(のようなもの)を持ってきて応急処置を施し、お祭り騒ぎ。雨漏り上級者たちの知見を結集させ、ことなきを得た。
ここまで雨漏りがひどくても、我々はカプセルに修理業者を呼ぶことはない。解体がそこまで迫っているからだ。
レジェンドと同じ体験がしてみたい
「もう、台風は体験した?」
長年、カプセルのレジェンドとも呼ばれるご夫婦に、笑いながらOさんの雨漏りの件を報告していたら、そう問われた。さらに、優しい笑顔で「台風の日は、スキマ風が四方から吹いて、カプセルが揺れる。生きた心地がしない」とも。震えた。なにせ私は新参者のカプセルにわか。長くカプセルにいる人にはかなわないのだ。なにそのセリフ言ってみたいじゃないか。これを聞いてからというもの、降水確率をみてうんざりしながら、台風なん号と予報が出るたびにやや期待するようになってしまった。レジェンドと同じ体験をしてみたいという気持ちがちらつき、「嫌だね〜」と言いながらも台風を待つ日々。ちなみに、私がここまで台風を待ち望んでいるのは、他のカプセル住民は知らない。だって、台風が来てほしいって不謹慎にもほどがあるし、私より雨漏りがひどい人は台風がきたらそれどころじゃないから。幸いというべきか、今に至るまで甚大な被害はない。
さて、雨漏りがひどいカプセルの住民がどんな対策をしているのかご紹介したい。
カプセルの原始的な雨漏り対策
雨漏りを受け止める準備万端。おやすみなさい。 pic.twitter.com/fTSL4J29DB
— おっ@B907で暮らしてたひと (@2pCScerLUko6DPW) September 30, 2021
雨漏りはもう日常だ。彼女のカプセルは当初、プラカップで水を受けていたが、100円ショップで買ったファイルボックスに。雨漏り上級者ともなれば、こうしたらやり過ごせる、という方法も確立されているのだ。
何人かのカプセルは、ユニットバスの天井から、雨漏りしている。トイレの真上から水が滴るので、一時期傘をさして用を足していた住民もいるとか、いないとか。チューブとゴミ袋でトイレへ水を誘導する。
あるカプセルは、雨漏りが酷すぎて窓枠周りの壁が剥がれてきていて、どこからともなく水がしみて絨毯がじんわりと濡れていく。自然乾燥では追いつかないので、布団乾燥機で乾かし、雨の日はだいたい部屋が臭い。それでも彼女たちは「もうすぐ終わりだから」と言いながら住み続ける。
カプセルは、もう泣かない
自分のカプセルが雨漏りしないうちは、謎のジェラシーにかられ「雨によって住民は2つに分けられる」などと思っていたが、どんどん雨漏りの民が増えて、どうでもよくなってしまった。最初のうちは雨漏りを見ると、解体が近づく寂しさを重ねて「カプセルが泣いてる……」とセンチメンタルになっていたが、いまではそんな暇があったらタオルを敷き詰める。
中銀カプセルタワーは解体されると、いくつかのカプセルは取り外され、美術館などに展示される予定だ。雨漏りの水を捨てながら、泣いているカプセルを知っているのは私たちが最後かもと思いながら、もう少しだけカプセルにいたいと思った。
写真・文=福井 晶