徳永BGMにもっと光を!

「男はつらいよ」シリーズは、第42作以降、寅さんの露出は控えめになり、甥の満男(演:吉岡秀隆)の恋愛ストーリーが話の軸になる。誰が言ったか、これらは「満男はつらいよ」シリーズまたは「満男シリーズ」と通称される。

のっけから私事で恐縮だが、筆者と寅さんの甥っ子・満男(吉岡秀隆)は同世代である。そのせいか、つい満男を物差しに『男はつらいよ』の時代背景を見てしまう傾向がある。「満男が○歳くらいだから、○年頃の作品だな~」とか。「このくらいの歳の時はこんなことしてたな~」とか。当然、彼の思春期も恋愛もほぼ同時進行だ。それだけに満男の自称“ぶざまな恋愛”は他人事には思えない。他人の恋路にあれこれ口を挟むなんざ野暮なヤツだとお思いでしょうが、甚だお節介ながら満男の恋愛を斬らせていただきます。浅野内匠頭じゃないけど、もうバッサリと!イラスト=オギリマサホ 

そのモードチェンジに賛否両論あるのもまた事実。なかでも往年の寅さんファンの6割は違和感を抱いているのではないだろうか。

個人的には、作品単体はけっこう好きだ。しかしシリーズの一篇としては、やはりご多分に漏れず違和感を覚える。

そんな違和感の象徴は、満男のソロシーンや泉ちゃん(及川泉/演:後藤久美子)とのシーンに挿入される徳永英明の楽曲群……、そう、誰が言ったか通称「徳永BGM」だろう。

この満男のテーマ曲とも言える徳永BGMは、のべ5作中に全6曲を数える。タコ社長のテーマとか、源公のテーマとかは無いのに、満男だけえこひいきだ~!しかも歌詞付きだぞ~!というクレームはさておき、まずはその詳細から見ていこう。

 

■DISC1■

『MYSELF~風になりたい~』
8thシングル(1989)

〔使用作品〕
第42作『男はつらいよ ぼくの伯父さん』(1989)

〔満男年齢〕
19歳(浪人)

〔挿入シーン〕
泉ちゃんのママに彼女の居場所を聞き出した満男。バイクで佐賀県目指して疾走。切なくも爽やかなシーンだ。

しかし、バイクの転倒と同時にBGMもフェードアウト。そして青春ロードムービーは、偏狭的特殊ラブロマンス(クライシス?)へ転調していくのだった……。

『男はつらいよ』シリーズには、ほんのチョイ役で日本を代表する喜劇人が多数登場する。そのなかでもイッセー尾形と笹野高史は2大怪優だ。およそ本筋とは関係ないけれど、ひょっこり現れては観る者の笑いのツボを突いて消えてゆく。今回はそんな笑いの刺客たちが演じる“見逃しがちだけど見逃せない”シーンの魅力をご案内~。(所々、敬称略でごめんなさい)イラスト=オギリマサホ(第42作、ホモの笹野高史が満男にキスを迫るシーン)

■DISC2■

『JUSTICE』
6thアルバム『 JUSTICE』収録(1990)

〔使用作品〕
第43作『男はつらいよ 寅次郎の休日』(1990)

〔満男年齢〕
20歳(大学1年)

〔挿入シーン〕
父親を訪ねて上京したが、会えずじまい。失意のまま東京を後にする泉ちゃんに何もできないままホームまでお見送りに来た満男。

プシュー。博多行き「ひかり」0系新幹線の扉が閉まる間際に、列車に飛び乗る。

プワァーン。汽笛が鳴ると同時にBGMスタート。有楽町から田町付近まで流れゆく扉の車窓に伴奏する。

なお、この様子を想像で語る寅さんのシーンもお見逃しなく。

「寅のアリア(独唱)」。映画『男はつらいよ』のスタッフからそう呼ばれていたシーンがある。想像かき立てる表現力、ツボを押さえた口真似、独特の着眼点などを駆使した寅さんの長セリフのことだ。落語に滑稽噺や人情噺等のジャンルがあるように、「寅のアリア」も、笑いあり涙あり含蓄(がんちく)ありテクニックありとバラエティーは豊富。知れば知るほど、寅さんワールドは広がってゆく。この映像化された稀代の話芸を隅から隅までズズズイッとお楽しみあれ。
第43作、泉ちゃん&満男が乗り込んだ博多行き「ひかり」の扉窓からの車窓(だいたい有楽町~田町間)。今でもこの車窓を見るとこのシーンを思い出すが、再開発などで激変しているのもまた事実(経費節約のため東海道線の列車から撮影)。
第43作、泉ちゃん&満男が乗り込んだ博多行き「ひかり」の扉窓からの車窓(だいたい有楽町~田町間)。今でもこの車窓を見るとこのシーンを思い出すが、再開発などで激変しているのもまた事実(経費節約のため東海道線の列車から撮影)。

■DISC3■

『どうしょうもないくらい』
7thアルバム『Revolution』収録(1991)

〔使用作品〕
第44作『男はつらいよ 寅次郎の告白』(1991)

〔満男年齢〕
21歳(大学2年)

〔挿入シーン〕
11:09鳥取駅発大阪行き、キハ58の車内、寅さんに見送られて鳥取を離れる満男と泉ちゃん。

動き出す列車、窓の外は日本海。泉ちゃんの膝の上のポーチに、ためらいがちに左手を差し出す満男。その手を強くにぎるのはむしろ泉ちゃん……。

ほんと、どうしょうもないくらい胸キュンしちゃうシーン。く~っ、こんな時代に戻れるなら、おじちゃん犯罪以外なら何でもしちゃうぞ。

 

■DISC4■

『夢を信じて』
9thシングル(1990)

〔使用作品〕
第45作『男はつらいよ 寅次郎の青春』(1992)

〔満男年齢〕
22歳(大学3年)

〔挿入シーン〕
宮崎空港からのバス。車窓には道路沿いのヤシの木、日南海岸、鬼の洗濯岩。

とかくグダグダ&ウジウジの満男にはめずらしくウキウキモード。満男らしくもなく、ましてや「男はつらいよ」らしくもない骨頂のシーンか。

同作中、泉ちゃんの勤務するレコード店のBGMにも使用。

 

■DISC5■

『最後の言い訳』
6thシングル(1988)

〔使用作品その1〕
第45作『男はつらいよ 寅次郎の青春』(1992)

〔満男年齢〕
22歳(大学3年)

〔挿入シーン〕
ママの入院を機に急きょ名古屋に帰る泉ちゃんと、東京駅に駆けつけた満男の別れのシーン。

発車ベルが鳴る。抱擁からの泉ちゃんリードのチューの後、0系新幹線に泉ちゃんが飛び乗るとBGMスタート。

閉まる扉、動き出し遠ざかる新幹線。列車を追うが届かない。途方に暮れ、とぼとぼホームを歩く満男……。

使用されたのは2番の歌詞だけど、むしろ1番のサビ「いちばん大事なものが いちばん遠くへいくよ」がピッタリのシーンでした。

第45作、東京駅にて新幹線発車間近、自販機の影でチュー。ちなみに泉ちゃんが乗ったのは名古屋行き「こだま」(駅のアナウンスは「ひかり」だが……)。急いでいる様子だったけど、それなら「ひかり」のほうがいいよ。
第45作、東京駅にて新幹線発車間近、自販機の影でチュー。ちなみに泉ちゃんが乗ったのは名古屋行き「こだま」(駅のアナウンスは「ひかり」だが……)。急いでいる様子だったけど、それなら「ひかり」のほうがいいよ。

〔使用作品その2〕
第46作『男はつらいよ 寅次郎の縁談』(1993)

〔満男年齢〕
23歳(大学4年)

〔挿入シーン〕
非・泉ちゃんシリーズ、唯一の徳永BGMは満男が連絡船で島を離れ、ナース・あやちゃん(演:城山美佳子)との別れるシーン。ステレオタイプな演出がいささか気になる。使用されたのは1番の歌詞。

当事者にとっては胸が張り裂けそうな別れだが、結局二人とも独自の恋路を歩むことに。ま、すべてがいい思い出になったことでしょ。

 

■DISC6■

『君と僕の声で』
9thアルバム『太陽の少年』収録(1995)

〔使用作品〕
第48作『男はつらいよ 寅次郎紅の花』(1995)

〔満男年齢〕
25歳(社会人2年目)

〔挿入シーン〕
満男と別れて結婚を決心した泉ちゃんが300系新幹線「ひかり」岡山行きで東京駅を離れるシーンからBGMスタート。

画面ではその後の満男の日常と、式の準備を進める泉ちゃんがそれぞれダイジェスト的に映し出される。

第43作、第45作では0系に乗車(第45作では100系もチラリ)。そして第48作では300系登場!どれもこれも今となっては引退済み。次回作はN700系か?リニアか?
第43作、第45作では0系に乗車(第45作では100系もチラリ)。そして第48作では300系登場!どれもこれも今となっては引退済み。次回作はN700系か?リニアか?

1989~1995 徳永BGMとその「時代」

以上、「満男はつらいよ」シリーズで挿入された徳永BGM全6曲を見てきた。その歌詞のなかに、3つのキーワードが見出せる。

すなわち「時代」「迷」 「風」だ。

以下にそれぞれ考察してみよう。

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まずは「時代」から。

通称「満男はつらいよ」シリーズが公開されたのは1989年から1995年にかけての時代。そんな時代性が歌詞に織り込まれている。

  • 「時代に向けた服を選んだ」(『JUSTICE』)

時代の風潮に抗わず流されようということか。1990年、まだバブル景気に浮かれている時代。そんな風潮にあわせて、学生も青春を謳歌する。作中の満男も同様。そこに「時代に迎合するだけでいいのか?」反語的なスパイスも効かせているのが、この映画らしい。

  • 「世間の流れを恨んだところで」(『どうしょうもないくらい』)

1991年、時はまさにバブル崩壊期。景気の流れを恨む者も多かったことだろう。「どうしょうもないくらい」と嘆くのは、そんな時代に対してか、満男の切ない恋心のことか、はたまたその両方か。

  • 「狂った軌跡を描く時代」(『君と僕の声で』)

1995年、長引くバブル崩壊の影響に加え、阪神淡路大震災、地下鉄サリン事件など、未曾有の国難に見舞われたこの年、まさに狂った軌跡を描いていた。それはともかく、無断欠勤に結婚式ぶち壊し……満男の私生活の軌跡もけっこう狂ってるぞ~。

満男のグダグダ恋愛ストーリーだけが目立ちがちだが、物語や徳永BGMに散りばめられた時代背景も絶妙なアクセントだ。たぶんこの時代でなければ、この「満男はつらいよ」シリーズは成立しなかったかもしれない。

「迷」 満男の内面をえぐる歌詞

満男のグダグダ恋愛遍歴は、迷い悩み続けた日々でもある。それらもまた、徳永BGMに色濃く反映されている。

  • 「夢の行方に いつも怯えながら」(『MYSELF~風になりたい~』)

「迷い」という単語こそは出てこないが、これも要は迷っているってこと。浪人中の満男、その大事な時にガールフレンドに会いにツーリング……。博&さくらじゃないけど、受験勉強の行方に怯えちゃう。

  • 「迷い歩いて 地図を辿れば」(『JUSTICE』)

これは満男単体というよりも、満男と泉ちゃんの恋路を歌うフレーズでしょうか。お~い満男~、迷った末にどこに辿り着いたか~?

  • 「行くあてもない 迷い子のようさ人ごみにたたずむ 君はいま」(『夢を信じて』)

挿入シーンのその後の展開にはなるが、泉ママの体調の心配や就職先のレコード店でキビシー扱いに悩む泉ちゃんを慮(おもんばか)る満男の心情に思える。同店のBGMにも使われてたしね。他人の心配ができるようになるとは、満男~成長したな~。

このほか、『最後の言い訳』も歌詞全体から「迷い」がにじみ出ている。

「満男はつらいよ」シリーズは、満男の成長物語でもある。みんな悩んで大きくなるのだ。うん。

「風」のなかに寅さんを見た

寅さんを漢字一文字で表すとしたら「風」だと思う。

「あてもないのにあるよな素振り それじゃあ行くぜと風のなか」(主題歌の幻の歌詞、第17~19作のみで採用)

「風の吹くまま気の向くまま」(第29作『寅次郎あじさいの恋』)

「困ったことがあったら、風に向かって俺の名前を呼べ。おじさん、どっからでも飛んで来てやるから」(第43作『寅次郎の休日』)

「寂しさなんてのは歩いているうちに風が吹き飛ばしてくれらぁ~」(第44作『寅次郎の告白』)

などなど、シリーズを通して随所に風が関わる。しかも名セリフが多い。

一方、徳永BGM中でも、「風」にちなむフレーズは何かと印象深い。

  • 「僕も淋しさを越えて 踊る風になりたい」(『MYSELF~風になりたい~』)

風になって泉ちゃんのもとに飛んでいきたいという切ない気持ち(風ではなく性被害者になりかけるというオチが付くが……)。

また、「こんな時、伯父さんならどうするかな……」「伯父さんの気持ちが良くわかるよ……」と風の中で寅さんを思い浮かべていても不思議じゃない。

  • 「涙ほどいて 風を頼れば 何かに出会うだろう」(『JUSTICE』)

寅さんに相談したい(頼りたい)、きっと何か普通の大人じゃ思い付かないようなアドバイスしてくれるハズ……。そんな気持ちか。

やっぱり寅さんは満男の心の師なんだと邪推しながら勝手に納得。

  • 「明日へ走れ 破れた翼を胸に 抱きしめて」(『夢を信じて』)

「風」という言葉こそ出てないが、風があってこその翼だ。傷ついたハートを抱えながらも前に進めってことか。

それって寅さんのライフスタイルじゃん。

  • 「遥かな空の向こうまでも 想いは届くだろうか」(『君と僕の声で』)

「風」という言葉が無くても、このフレーズだけで風を想像しちゃうのは、寅さんマニアの性癖か?上述の「風に向かって俺の名前を呼べ」(by寅さん)じゃないが、風に何かを託したくなる気持ちが溢れている。

以上、徳永BGMは満男のテーマソングのように見えて、しっかり寅さんのことにも触れている。そう、「風」の中に寅さんが生きているのだ。

徳永BGMの世界観とは

徳永BGMが語るもの。

  • 90年代前半という激動の時代
  • 迷い悩む青春群像
  • 寅さんの人生観

まとめると徳永BGMは、寅さんに影響を受けた青年が、激動の時代と悩み多き年代を、迷いながら懸命に生きる様子を的確に表現したものと言える。

もしかしたら、これらの楽曲ははじめから「男はつらいよ」満男シリーズでの使用を意図して作ったんじゃ……などと邪推してしまうくらい気持ちいいハマりよう。この国民的映画と国民的ボーカリスト・ソングライターの出会いを「そこに奇跡を見た」と評するのは大げさだろうか。

全「男はつらいよ」シリーズを通して「満男はつらいよ」シリーズの違和感は否めない。しかし、そんな些末な感情を凌駕して余りあるだけの新しい醍醐味がある。それを見事に演出したのが徳永BGMだ。

「寅さんファン」中、推定約6割を数える徳永BGM否定派の諸君!今からでも遅くはない。悔い改めよ~!

文・撮影=瀬戸信保 イラスト=オギリマサホ