マドンナ全48人の職業は?

寅さんが恋した女性は、それぞれどんな職業に就いていたのか。まずは、その点をざっとまとめてみた。

• 歌手 5人(11作、15作、25作、31作、48作)
• 理・美容師 4人(5作、10作、33作、45作)
• 芸者・ダンサー  3人(17作、21作、27作)
• 芸術家及びその関係者 3人(12作、29作、47作)
• 教育・研究関係者 3人(4作、16作、36作)
• 店舗経営者 3人(8作、20作、43作)
• 宿泊施設経営者 2人(3作、44作)
• 医療従事者 2人(14作、40作)
• 上述以外の専門職・技術職 3人(24作、35作、41作)
• 店員工員会社員 8人(7作、9作、22作、26作、28作、30作、37作、39作)
• 主婦・家事手伝いなど 12人(1作、2作、6作、13作、18作、19作、23作、32作、33作、34作、38作、42作)

マドンナ全48人のうち職業婦人は36人。さらに経営者・店員などを除いた、いわゆる手に職を持っている女性は23人を数える。

 

手に職を持っている女性では、歌手が5人で最多となるが、うち4人はリリー(演:浅丘ルリ子)なので実質2人。そうなると俄然際立つのが総勢4人を数える理容師・美容師、すなわち

第5作 三浦節子(演:長山藍子)

第10作 志村千代(演:八千草薫)

第33作 小暮風子(演:中原理恵)

第45作 富永蝶子(演:風吹ジュン)

の面々だ。

 

なぜ寅さんはこうも理・美容師系マドンナに惹かれるのだろう? つぎに、各マドンナの詳細を見ていく。

節子という女(演:長山藍子/第5作)

堅気の仕事に就こうと決心し、浦安の豆腐屋で働き始めた寅さん。その店の一人娘で、近所で美容院を開いているのが節子さんだ。

 

寅さんがこの豆腐屋で働くことになったのは、もちろん節子さんに一目ぼれしたから。でも節子さん、フィアンセがいる。思わせ振りの節子さんが罪なのか。気づかぬ寅さんが悪いのか……。

 

そんなボタンの掛け違いは、嫁いで大宮に行く節子さんが同居の母の世話をお願いするこのひと言で頂点に~。

 

「ねえ寅さん、できたら……もし、できたらよ……、ずっとウチの店にいてくれないかしら……」

 

完全にプロポーズと思い込む寅さんだが、結末は推して知るべし。

 

後日、さくらとの会話で、節子さんが回想する。

 

「どうしてかしら? どうして寅さん、急にウチを辞めちゃったのかしら? 何か訳があるんじゃないかしら?」

 

男を都合よく使った挙げ句、知っているのに知らんぷり~。このあざとさ、寅さんマドンナ中トップクラスだ。

節子さんの店があったのは、浦安は境川に架かる境橋の近辺。奥に見えるコンテナのあたりか。今は形跡なし。
節子さんの店があったのは、浦安は境川に架かる境橋の近辺。奥に見えるコンテナのあたりか。今は形跡なし。

千代という女(演:八千草薫/第10作)

寅さん史上、”3大結婚したかもしれないマドンナ”の一角を占めるのが、このお千代坊(筆者選。ほかはリリー、ぼたん/演:太地喜和子@第17作)。

 

寅さん、さくらの幼なじみで、実家は大きな呉服屋だったが多額の借金を抱えて没落。離婚歴があり、前夫との間に男児がいる。現在は帝釈天参道で美容室「アイリス」を営む。

 

幼なじみとして親しく接する寅さんだったが、「とらや」の間借り人・岡倉先生(演:米倉斉加年)がお千代坊に一目ぼれしたことを知ると愛のキューピットに。そして岡倉先生に成り代わり、彼の気持ちを伝える……。

 

「ずいぶん乱暴なプロポーズね、寅ちゃん」

 

あらら~、お千代坊、勘違い~。

 

「寅ちゃんとなら一緒に暮らしてもいい……、いま、ふっと思ったんだけど……」

ええっ? 寅さん、キューピットやってる場合じゃないぞっ。先生なんか放っておいて、方針転換して気持ちに応えなきゃ。でも、それができないのもまた寅さんなのだが……。

 

後日談がまた切なさを誘う。

 

「結婚なんて懲り懲りよ。(中略)寅ちゃんとならいいわ。でもダメね。フラれちゃったから……」

 

あ~あ寅さん、逃した魚ならぬ逃した美容師は大きいぞ~。

お千代坊が働く美容室「アイリス」は、帝釈天の参道に立地していた。現在は漬物店・丸仁さん。「ウチが来る前は床屋さんでした」(店員さん)。リアルに床屋さんで撮影したみたい。ちなみに丸仁さんの「農家漬」(具だくさんの溜まり漬け)は酒にもお茶にも飯にもよく合ってオススメ。
お千代坊が働く美容室「アイリス」は、帝釈天の参道に立地していた。現在は漬物店・丸仁さん。「ウチが来る前は床屋さんでした」(店員さん)。リアルに床屋さんで撮影したみたい。ちなみに丸仁さんの「農家漬」(具だくさんの溜まり漬け)は酒にもお茶にも飯にもよく合ってオススメ。

風子という女(演:中原理恵/第33作)

旅先の釧路で寅さんと出会って意気投合した、流しの美容師。

 

「私、ひどい女なのよ」

 

本人が自嘲するように、その天真爛漫さとは裏腹に過去に傷を持つ。

 

「寅さんがもう少し若かったら、私、寅さんと結婚するのに……」

 

と、好意を寄せたかと思えば、バイクサーカスのトニー(演:渡瀬恒彦)といい仲に。また、寅さんはじめ「とらや」の面々の厚意に甘えたかと思えば、恩を仇で返すように逆ギレしてプイッ!

 

まったく、手がかかり過ぎるにもホドがあるぞ、ホドが!

 

この手の女と所帯を持った男はゼッタイ憂き目を見るっ! 筆者の経験上、そう断言する。

上京した風子が転がり込んだのは北品川の船溜まり(品川浦)にあるトニーの部屋。当時とあまり変わらない風情がうれしい。
上京した風子が転がり込んだのは北品川の船溜まり(品川浦)にあるトニーの部屋。当時とあまり変わらない風情がうれしい。

蝶子という女(演:風吹ジュン/第45作)

「散髪してかんね?」

 

ふとしたことから寅さんが旅先の宮崎・日南市で入った理髪店。そこを女手ひとつで切り盛りするのが蝶子さん。

 

「その鐘をね、チリンと鳴らしていろんな男の人が入って来て、またチリンと鳴らして出ていくの」

 

この蝶子さん、どうも男運がないらしい。そして、その男運がないのが信じられないほどエロい。

 

髭を当たってもらう寅さんの顔に、蝶子さんの胸が押し付けられる。エロい。

 

雨の中、買い物に走る蝶子さん、濡れた薄紅色の制服から覗く太もも……。エロい。

 

なんでも山田洋次監督は、蝶子さん及び蝶子さん絡みのシーンをフランスの官能映画『髪結いの亭主』(監督:パトリス・ルコント)から着想したのだそう。エロいはずだ。

 

「寅さんと結婚するか思ぅとったぜょ」

 

と後に弟の竜介(演:永瀬正敏)が語るように、親密さを増していく二人だったが、寅さん、例によって敵前逃亡的に帰京。

 

「なぁんだ帰っとね」

 

宮崎弁でスネる姿もまたエロい蝶子さんだった。

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男を振り回す あざとき人間風車・節子

薄幸の苦労人・千代

わがまま&男性依存の合併症・風子

エロ多き恋待ち人・蝶子

 

寅さんがほれた4人の理・美容師マドンナは四者四様、個性も性格もバラバラだ。それでいて、どこか共通点も見え隠れする。

 

で、これらの点を踏まえて、寅さんが理・美容師を生業とする女性にほれる理由として3つの仮説を立ててみた。

[仮説1] 寅さん床屋好き

寅さんが理・美容師にほれっぽい理由として、まず最初に思い浮かんだのは、「単に床屋が好きなんじゃね?」ってこと。

 

寅さん、ズボラそうに見えて、身なりは清潔感があり、いつもビシッとしている。無精髭もほとんど見られないし、髪の毛もいつも短く切り揃えている。

 

トランクの中には、髭剃りも常備しているが、きっと寅さんは訪れた土地土地で好んで床屋に行く習慣があっても不思議じゃない。

 

第33作では風子の行く末を思い描いて、とらやのお茶の間でこんな独り語りを聞かせる。

 

「そうだ!風子の亭主にはよ、床屋の職人なんかどうだい?(中略)二人で一生懸命働いてお金を貯めて、いつか自分たちの店を出すんだよ。(中略)俺が旅先から帰って来る。真っ先に床屋の店行くな、うん。『いらっしゃい』さーっと刈り上げした亭主が俺の気持ちを汲んでね『風子、寅さんが見えたよ』奥のほうからパタパタパタパタ、白い上っ張りを着た風子が出てくる。『あーら、寅さんお帰りなさい。今度の旅は長かったのね』……」

 

98秒に及ぶ妄想の長セリフ、床屋好きじゃなきゃゼッタイ言えないな、うん。

 

床屋はダンディな旅人・寅さんにとって必須の空間であり、お気に入りの場所なのだ。そこに美人の理・美容師がいたりしたら、そりゃほれずにはいられないわな。

 

このパターン、蝶子さんも該当するだろう。風子さんとの出会いも、場所が床屋だから近いものがある。うーん、理・美容店には恋が潜むか?

寅さんのトランクには携帯用の髭剃り、櫛、ピンセット、爪切り、ハサミ、耳かきなどの衛生用品が常備。ダンディで旅慣れてて、さすがだねっ。(『葛飾柴又寅さん記念館』にて)
寅さんのトランクには携帯用の髭剃り、櫛、ピンセット、爪切り、ハサミ、耳かきなどの衛生用品が常備。ダンディで旅慣れてて、さすがだねっ。(『葛飾柴又寅さん記念館』にて)

[仮説2] 寅さん 自立した女性が好き

寅さんが自立した女性が好きなのは、数字の上からもハッキリしている。

 

冒頭の全マドンナの職業一覧にもあるとおり、寅さんがほれたマドンナ全48人のうち、いわゆる自立した女性は36人を数える。率にして7割5分。ドカベン山田太郎の甲子園通算打率(7割5分)と肩を並べる圧倒的な確率で自立した女性にほれているのだ。

 

その自立した女性の職業の代表格が理・美容師。「髪結いの亭主」(=ヒモ)なんて慣用句があるくらい、髪結い、ひいては理・美容師は、江戸から昭和にかけての日本では自立した女性の象徴的職業だった(前述のフランス映画のタイトルとは直接の関係はなし)。

 

自立した女性。しっかり者で働き者で、お金も稼いで……というイメージだろうか。これには、たくましく理・美容店を経営してる節子さん、お千代坊、蝶子さんの3人が当てはまる。

 

旅から旅への生活の寅さん。その不安定さゆえ、心の拠りどころとして自立した女性を選んでしまうのだろうか。ま、体(てい)のいいヒモ願望とも言えなくはないが……。

[仮説3] 相手の結婚願望を感じ取って……

4人の理・美容師系マドンナのうち、節子さん、風子さん、蝶子さんは、作中でちゃっかり別の男性と結婚している。お千代坊だって「結婚はもう懲り懲り」とか言いながら、相手によっちゃあまんざらでもない気配。

 

とまあ、理・美容師マドンナの結婚願望は、押し並べて高めと言えよう(あくまでも映画の中の話ですよ、映画の中の)。

 

その願望から発せられるフェロモンが寅さんの気持ちを捕らえてしまったか。

 

ただ、結婚願望フェロモンも個人差がある。以下、各人のフェロモン度を筆者の体で測ってみたところ……、

 

節子さん★★★★★

お千代坊★★★

風子さん★

蝶子さん★★★★★

(満点=★5)

 

節子さんのフェロモンは向けられる相手が違うし、お千代坊は控え目、風子さんは論外……。その点、蝶子さんのフェロモンを寅さんはよくスルーできたなあ、とシミジミ感じ入るのだった

御前様、最後の教え

寅さんが理・美容師にほれる理由。「床屋好き説」か? 「自立した女性好き説」か? 「結婚願望感じ取り説」か? もしくはそのすべてか? はたまた他に理由かあるのか?

 

寅さんが自分の口で説明しない限り答えは出ない。

 

その一方で思うのは、この理・美容師好きという嗜好は寅さんだけの問題ではなく、世の多くの男性の抱く普遍的なものではないだろうか、ということ。

 

かつて筆者も、店主、おかみさん、そして妙齢の娘さんの親子3人が切り盛りする新橋の理髪店に足しげく通ったものだ。目当てはもちろんム・ス・メである。その娘に洗髪、髭剃りをしてもらうのが何よりの悦楽だった。

 

残念ながらその店は数年前に環2(新虎道路)の工事に伴う再開発で閉店し、筆者の淡い下心もはかなく終わりを告げた。

 

御前様だって他人事じゃないぞ。第45作のラスト近く、宮崎での寅さんと蝶子さんの噂を聞いた御前様、

 

「ふたりが結ばれたら門前町に小さな店を持たせて、週に一度そのキレイなおかみさんの手で私の頭を剃ってもらうんです」

 

なんて、いい歳した高僧がエロい煩悩をちらつかせている。かの御前様にしてもこの有り様よ。

 

寅さんひいては世の多くの男が理・美容師の女性にひかれる理由はいろいろ考えられる。しかしいくら理屈をこね繰り回してみても、ボクらは結局、悦楽を求めるオスなのだ。

 

思えば、これが御前様のシリーズラストシーン。御前様、最後の教えであった。

 

取材・文=瀬戸信保

 

(なお、本稿の記述は特記したもの以外はすべて『男はつらいよ』シリーズに登場した美容師・理容師についてのこと。「アタシはそんな美容師じゃないわよっ!」と反論・苦情があっても、筆者およびさんたつ編集部は一切関知いたしません)