さんたつサポーターオススメコメント
ヲデオンで映画を見た後にどうしてもラーメンが食べたくなったらここで決まり。スナックの居抜きのようで、少々見つけづらい場所にあります。私は、五日市街道沿いに住んでいるのですが、220円で「麺増量&味玉付き」にするか「バスに乗って帰る」かを天秤にかけ、いつも歩いて帰ることになります。(Akiratnevさん)

ぐっと体が温まる中華麺

寒さが厳しい1月に『三鷹 大勝軒』に行ってきた。吉祥寺駅前の交差点から映画館のオデオン座に向かう通りを歩くと、右側に白地に黒い筆文字の「煮干し出汁中華そば 大勝軒」のノボリが立っている。ここから路地に入り、しばらく歩くと右側の雑居ビル1角に小さいスナックや居酒屋の店舗がひしめくエリアがある。その最奥が『三鷹 大勝軒』だ。

入ってすぐの券売機のメニューは、中華麺とチャーシュー麺、そしてラーメンのトッピング、餃子のみ。並盛り(1玉140g)は820円、中盛(1.5玉210g)920円、大盛(2玉280g)1020円だ。トッピングは味付けメンマ(170円)、生玉子(60円)、味付き玉子(120円)など。

席はカウンターのみ6席。カウンターに置かれたラーメンからは食欲をそそる煮干しの香りが満ち、透き通ったスープはまろやかな醤油味だが、後味にピリリと辛さが残る。食べ進めるうちにぐっと体が温まってくる。ユズの表皮の香りもアクセントになっている。細く柔らかめの縮れ麺も胃に優しく、するすると入っていく。

そこかしこに感じる『永福町 大勝軒』イズム

ここは都内に数ある「大勝軒」の暖簾を掲げる店の中でも『永福町 大勝軒』系の店。『永福町 大勝軒』は、永福町駅前にある創業昭和30年(1955)という60年以上歴史を誇る老舗。ラーメンマニアはもちろん、地域住民にも愛されるラーメンは、初代店主の草村賢治さんが生涯をかけて追求してきた味。醤油味で澄んだスープに、厳選したイワシの煮干しでダシをとり、ラードを加えて最後まで冷めずに熱々の麺が食べられる。麺は店主の実家「草村商店」製の、やや柔らかめの細め縮れ麺。一見して昔ながらの東京ラーメンだが、特徴はその量。大きな丼に2玉分の麺がたっぷり入るのがスタンダードだ。昭和の高度成長期時代、安くて腹がいっぱいになるラーメンでスタミナをつけ、働きに出ていた、まだ日本が「若い」時代の名残りを感じさせるボリュームだ。女性には、完食が難しいこのラーメンを『三鷹 大勝軒』では、その1玉分から楽しめる。

油染みや埃ひとつない清潔そのものの店内や、つかず離れずの接客も『永福町 大勝軒』イズムを引き継いでいる。とはいえ、店主紅野茂貴さんが追求したラーメンは、『永福町 大勝軒』の味に、紅野さんなりのアレンジを加えたもので、ここでしか味わえない。

「『昔から変わらないんですか』と言われますが、永福町の大勝軒も同じで、味は常に変えています。天然の素材からダシをとり、化学調味料を使わないのが基本です。ダシは煮干しとトンコツ、玉ねぎや、じゃがいもといった野菜からとっています。ユズは季節のものなので秋口から春先まで入れています。スープは季節に合わせて配合も変えています。食べた後に残る辛さは胡椒です。油にも辛み成分を入れているんですよ。スパイスは癖になる要素が強いですから『一度食べたら忘れられない』と言って、何度も足を運んでくれる方も多いんです」と紅野さん。

あくまで口当たりがよく、自然な甘みを感じさせるラーメンだが、最後にピリリとくる。このスパイスの配合具合が絶妙。病みつきになるのも納得だ。最後まで冷めにくい秘密は、スープにオランダ産の最高級ラード「カメリアラード」を入れているから。豚の脂肪から生成したもので、融点が低いのでラーメンのスープに溶けやすく、保温効果があり最後までスープが冷めにくくなるのだ。「しょっぱくても良くない、辛すぎて舌に残るのも良くない、油の配分も関しても全て『また食べに行きたい』と思われるような味を目指しています」。

それは中華麺以外のメニュー「ぎょうざ」(6個480円)に関しても言える。にんにくは入れず、シンプルにひき肉とニラとキャベツのみ。モチモチと歯ごたえのある皮に、自家製のラー油をごく少量垂らして食べると、具材の甘みと旨みが引き立つ。

話を聞いている間、紅野さんは「余計なことは一切やりません」と何度か口にした。天然の素材の味を最大限に引き出してダシをとり、スパイスや油を調合し「何度でも食べに行きたい」と思われるような記憶に残る味にする。そのために主張し過ぎず、シンプルに美味しいラーメンだけを追求しているという。なるほど店内の白壁にも余計な張り紙はなく、BGMはヒット曲のボサノバカバーがうっすらと流れているだけ。静かにラーメンの味を楽しむのにうってつけの空間だ。

『三鷹 大勝軒』の味を求めて、ここだけに足を運ぶのも良いが、吉祥寺で良い映画やライブを鑑賞した後、または飲み会の後、一人でその余韻を味わいながら食べたい。その日の記憶とともにラーメンの味がよみがえって来るだろう。

取材・文・撮影=新井鏡子

住所:東京都武蔵野市吉祥寺1-31-3 みそのビル1F/営業時間:11:00〜15:00・17:00〜22:00(日・祝のみ〜21:00)/定休日:月/アクセス:JR・井の頭線吉祥寺駅から徒歩3分