『闇太郎』
なんて、おどろおどろしい名前! まるで、水木しげるの漫画のキャラクターに出てきそうだ。中に入ったら妖怪が出迎えてくれるのかもしれないと、ワクワクドキドキで暖簾を割った。

おどろおどろしい……なんて、とんでもございません。温もりのある色褪せた壁、落ち着くL字カウンターを、いくつかぶら下がる裸電球の寂光が、暖かくその影を映し出している。

出たっ、おでん槽!
こいつが……こいつが見たかったのだよ。やはり、家庭でやるおでん鍋とは迫力が違う。よし、こいつの目の前を陣取ることにしよう。

すぐにでも本命といきたいところだが、焦ってはいけない。もう少しおでん槽の様子を伺いつつ、まずは『しめ鯖』をいただこう。ムッチリとした大振りの身は、噛むとしっとりとした歯触りと、ちょうどいい酢加減がたまらない。柚子皮のアクセントがまたニクイねぇ。

さて、本命のおでんだ。目の前のおでん槽に、身を乗り出すようにして吟味する。レギュラーメンバーの大根と玉子は外せないとして……あとは厚揚げとハンペンでいこう。

「ハフッ、ハフッ」自然に口の形が〝ホ〟の字になる。
ほくほくの玉子は言わずもがな、大根はジュワリと出汁が染み出すのがうれしい。この厚揚げのように、あまり染み過ぎていないくらいが好みで、その逆にハンペンはしっかりと出汁の旨味を蓄えて、遠慮なしに舌を楽しませてくれる。
ハァ……やっぱりおでんだ、おでん槽からいただくおでんは格別なのだ。


グツグツ……、
 グツグツ……

熱燗をキュッとやると、目の前のおでん槽からは、甘い出汁の香りと共に、種の煮詰まるBGMが心地よく聞こえてくる。

はい、
今年もなんとか始まりましたよ、おでんの季節が。


取材・文・撮影=味論(酒場ナビ)