昭和レトロとエスニックが混在する空間
下北沢駅から徒歩3分ほどの、路地裏に店を構える『般°若 (パンニャ)』。不思議な響きの店名は、インドの古代の言葉で「叡智」「知恵」を意味している。
初めは下北沢の茶沢通り沿いにこぢんまりとオープンした同店だったが、およそ5年前に現在の場所に移転し、店舗も広くなった。ゆったりと配されたカウンター席とテーブル席は、一人でも誰かと一緒でも気兼ねなく利用できる。
店内はカレー屋らしいエスニックな雰囲気……かと思いきや、一つひとつのアイテムをよく見てみると“昭和レトロ”も感じられる不思議な空間だ。
エスニックと和が混在したようなクセになるインテリアによって、たとえ初めての来店でも“通いなれた居酒屋”のような親しみさえ感じられる。ちなみに店の装飾は、オーナーやスタッフの手により秘かにバージョンアップしているのだそう。
『般°若 』の店長を務める岡井さんは、もともとお客としてこの店に通っていた一人。当時のカレー屋は欧風カレーが主流だったなか、同店のサラッとしたスパイスカレーは新鮮で、好みにも合っていた。それからアルバイトとして働くようになり、6年ほど前から店長を務めることに。現在では数名のスタッフとともに店を切り盛りしている。
カレーマニアが生み出したあっさり&コクのあるスパイスカレー
『般°若 』のカレーは、鶏ガラで出汁をとったスープと12~14種類ほどのスパイスがベースとなっている。スープ状のサラッとしたルーには小麦粉が使われていないため、カレー特有の重たさを感じずに食べられるのが特徴だ。岡井さんは「お昼に食べても、ちゃんと夕方にはお腹が空いてくると思いますよ」とニコリ。
また、どんな人でも食べやすいマイルドな辛さに調整されている。
さっぱりとしながらコクのあるスパイスカレーは、カレーマニアとして知られる俳優、そしてこの店のオーナー・松尾貴史さんが「自分好みのカレーを作りたい」と開発したのが始まり。現在ではオープン当時の基本的なレシピを守りつつ、少しずつマイナーチェンジを繰り返して進化を続けている。
スパイシーなチキンカレーとマトンキーマを一緒に頬張る幸せ
この日注文したのは、チキンカレーとマトンのキーマカレーが半分ずつ器に盛られたあいがけカレー。トッピングには、固ゆでの卵を甘酸っぱい自家製ピクルス液で漬けた卵のピクルスと、食後のドリンクとして人気のあるミニチャイも追加した。
鶏ガラベースのスープをスパイスで香りづけしたチキンカレーには、多めのバターで揚げ焼きになるほどしっかり炒めた玉ねぎがたっぷり。鶏ガラの旨み、玉ねぎの甘みが生み出すまろやかさの中、バターのコクとスパイスの香りがどっと押し寄せてくる。
また、ルーからゴロゴロとはみ出すほどの大きな鶏もも肉は、口の中でほろっと崩れ、スパイスの効いたカレーにしっかりとなじむ。
マトンのキーマカレーは、脂身の少ないもも肉を使っているためクセがなく、マトンが苦手な人からも好評だ。歯応えのあるマトンはスパイスが効き、噛むたびに肉の旨みが溢れてくる。トッピングした卵のピクルスの甘酸っぱさも、味変にちょうど良い。ほかにも、爽やかなパクチーやまろやかなトマトのチャツネなど、名脇役たちが味わいにアクセントをつけてくれる。
最後はふたつのカレーを合わせて食べることで味わいの複雑さが増し、味覚が喜ぶのを感じられた。
また、この店ではカレーを食べたあとに、ミニサイズのチャイでほっと一息つく人が多い。自家製のチャイは、アッサムの茶葉をスパイスと一緒に煮出したスパイスの香りが際立つ一杯。カレーを食べたあとに残る口の中のピリリとした辛さを、チャイの優しい甘さがやわらげてくれる。
気持ちの満たされ具合とは裏腹に、岡井さんの言葉通り胃にずしっとくる重たさは一切ない。奥が深く満足感は高いけれど、軽やかに食べられる。そんなところが、『般°若』のカレーが老若男女に愛される理由なのかもしれない。
取材・文=稲垣恵美 撮影=渡邉 彰太