2代目シェフは、九重部屋の力士だった
「この人は元相撲取りだったの」と答えてくれたのは、シェフのお母さんだった。厨房に目を向けると、なるほど力士の面影がある、絶対においしいものを作ってくれそうなシェフがいた。九重部屋の力士だったのは10代までで、千代の富士や八角理事長(元北勝海)が兄弟子だったそう。「この間も元力士や、元相撲関係者の方が6人も来たのよ」とお母さん。
そんな2代目シェフの鈴木貴雄さんは、中学卒業を機に九重部屋に入門。相撲界は横綱千代の富士のウルフフィーバーの頃で、三月場所だけでも100人くらいも新弟子希望者がいたとか。鈴木さんは本名と同じ「鈴木」の四股(しこ)名で土俵に上がり、19歳で引退。飲食店で修業を積んだあと、先代のお父さんと一緒に『スズコウ』の厨房に立つ。2008年にお父さんが亡くなったことを機に店を継いだそう。
相撲界にいたのは35年から40年近く前になると思うが、九重部屋の元力士や、高砂一門の元相撲関係者とお付き合いがあるという。
ステーキのような肉厚生姜焼きとポークソテー
名物はボリューム満点の生姜焼きとポークソテー。ランチは、この2点とさらに250gの特大サイズを提供している。厚切り大判なロース肉を、表面はカリっと中は柔らかく焼き上げて、たっぷりの生姜をのせた後に、醤油ベースのソースをかけている。ソースをかけると同時に鉄板の上で爆ぜる油の音や、生姜の香ばしさがたまらく食欲をそそる一品だ。生姜は繊維が感じられるほどの荒削りで香りが良い。出来合いのペーストではなく、厨房ですりおろしてかけている。その量も半端ない!
付け合わせのニンジングラッセやポテトにも、肉汁たっぷりのソースを絡めれば二度おいしい。特大サイズは、どれほどの大きさになるのか想像が付かないが、これならペロリといただけそうだ。
ポークソテーもデミグラソースは甘く、あくまで肉は柔らかい。生姜の辛味が苦手な人や、肉は甘いソースでいただきたい人にはおすすめだ。豚肉は銘柄にこだわらず国産肉を使っている。
このメニューは先代が考案したそうで、人気のこの2つが、いつの間にかランチの主力になった。
第一回の東京オリンピック開催年に開業
ところで『スズコウ』の由来は何かというと、先代(お父さん)の名前が鈴木康平(スズキコウヘイ)さん、だからスズコウ。近くに同名の鳥いわし料理店と寿司屋『すずこう』があるが、こちらは康平さんのご兄弟の店とのこと。実に60年近くの歴史を刻んできた『スズコウ』。昭和の頃から大きく変えていないというインテリアが、昭和世代をホッとさせる。店員にはシェフの妹さんや、長年勤めているパートさんもいるそうで、温かいサービスがSNSでも静かな評判をよんでいる。世代を超えて愛されているのも納得だ。
取材・⽂・撮影=新井鏡子 構成=アド・グリーン