じんわりと染み入るうまさ!地元で愛される中華料理店

吉祥寺駅北口から吉祥寺大通りを練馬方面に歩くこと12分。大通りから路地に入り、民家が立ち並ぶ閑静な住宅地を歩いていくと、中華料理店『龍華』を見つけた。

ガラス窓に描かれた龍のイラストが目印。よく見ると、龍がピースサインを出している。
ガラス窓に描かれた龍のイラストが目印。よく見ると、龍がピースサインを出している。

店頭にはメニューがあり、五目焼きそばや麻婆豆腐、定食もある。窓から店内をのぞいてみると、ゆったりとしていて居心地がよさそうだ。ドアを開けて中に入ると、店主の篠原晢さんと、奥さんの智子さんが迎えてくれた。

五目焼きそば、麻婆豆腐、ニラ玉、全部おいしそうだ!
五目焼きそば、麻婆豆腐、ニラ玉、全部おいしそうだ!

床や壁に木を使い、ナチュラルな雰囲気の店内にはカウンターとテーブル席。席と席の間が広くゆったり感がいい。智子さんが「広い席へどうぞ」とテーブル席へ案内してくれた。

店内を見回していると、智子さんが「うちのことはどうやって知ったんですか? 店に来るお客さんのほとんどは近所に住む人たちなので」と言いながら、水とおしぼりを持ってきてくれた。

大きな窓と木が基調の店内は山小屋のようなくつろぎ感。
大きな窓と木が基調の店内は山小屋のようなくつろぎ感。

地域の人々に愛されている『龍華』では、ふだんの食事はもちろんのこと、お祝い事などで家族が実家に集まったときにはここで食事をするのが恒例になっているという人もいる。

「時代とともにSNSで情報を見た人たちが店に来るようになりました。やっぱりご近所の常連さんが中心ですが、テレビで紹介されてからは遠方からもいらっしゃいます。月に1度、日本酒1杯と五目焼きそばを食べにくる高齢のお客さんや、30年以上、毎日お昼を食べに来ている常連さんもいました」

それはすごい! 吉祥寺の駅前まで行けばいろいろな飲食店があるけれど、気負わず入ることができサクッと食べたいとき、ちょっとした外食を楽しみたいときにぴったりの店だ。家族でちょっとお祝いごとをするような特別感も、サンダルを履いて気軽に楽しめる雰囲気もあわせもっているなんてサイコーじゃないですか。

丸の内の中華料理店「山水楼」で約20年鍋を振り、地元で自分の店を開店

家庭的な雰囲気のある『龍華』だが、店主は老舗中華料理店の出身と聞けば、もう“当たり”の予感しかしない。店主の晢さんは調理学校を卒業した後、丸の内にあった大正11年(1922)創業の老舗中華料理店「山水楼」にコックとして入社し10年勤務。その後、「山水楼」が西荻窪に支店を出店することになったので異動し、そこでも約10年鍋を振った。

「山水楼」は、旧帝国劇場のビルの中にあった本格的な広東料理が食べられる店として知られ、晢さんが働いていた当時は、「ランチ時に20人のコックで600人分のオーダーをこなしていた」という大店だ。中華一筋60年近くになる晢さんは今でも「山水楼」での作り方を踏襲しているので、当時は現在の有楽町周辺にあった東京都庁や企業に勤めていた人たちが、懐かしい味を求めてやってくることもある。

「山水楼」の会長が書いてくれた店名の書。『華』の字の中には4つの人が入っていて「店にたくさんの人が来るように」という願いが込められている。
「山水楼」の会長が書いてくれた店名の書。『華』の字の中には4つの人が入っていて「店にたくさんの人が来るように」という願いが込められている。

「山水楼」から晢さんが独立したのは1988年。杉並区善福寺の青梅街道沿いに『龍華』を構えたが、1992年には移店し現在の吉祥寺北町にオープンし現在に至る。

ところで素朴な疑問なんですが、就職するとき晢さんはどうして中華料理を選んだんですか?

「オレは吉祥寺で生まれ育って、父は吉祥寺の駅前でお菓子屋を開いていたんですよね。子供の頃店に行くと、父は忙しいから『その辺でラーメン食べてこい』って言うんです。毎日のようにラーメンを食べていたら、その店の主人が『もう自分でラーメンを作れ』って。自分で作ったのにお金を払って帰ってくるという(笑)。そういう環境だったので、中華料理の道に入るのは自然なことでした」

吉祥寺に移転後、開店当時の写真を見せてくれた。
吉祥寺に移転後、開店当時の写真を見せてくれた。

家族の介護や晢さんが大病をしたこともあり、これまで2度、閉店をしたこともあった。しかし、晢さんの味を求めるファンの声に応えるべく、そのたびに立ち上がったという。「店をやってないとオレはボケちゃうからね」と言って笑う晢さんだ。

とはいえ、現在78歳(2025年現在)。長く店を続けていくには、体力に限界がある。2025年4月からは夜の営業を完全予約制にした。これからは少し時間に余裕ができることと、地域に貢献したいという2人の気持ちから、月イチで「子ども食堂」の運営を開始するという。

魚介類が!豚肉が!野菜が!やさしく麺を包み込む五目焼きそば

晢さんと智子さんの話を聞いているうちに、どんどん食欲が湧いてきた。メニューは昼・夜共通で、ご飯もの麺もの、定食などのほか、エビのチリソース煮や肉野菜炒めなどといった1品メニューもある。しかし今日は、店頭の看板にもあったおすすめメニューの五目焼きそば1100円を食べてみたい!

カウンターの上にあるメニューはその日のおすすめ。
カウンターの上にあるメニューはその日のおすすめ。

オーダーすると、晢さんはすぐ厨房に入って調理を始めた。コンロに火をつけると中華麺など材料を手早く揃え、準備をしながら話してくれた。

「オレは昔からやってきたことを、順を追って調理するから時間がかかるんです。便利なものを使ってもっと簡単にもできるけど、ラー油や甜麺醤(テンメンジャン)から手作りしたい。メンマも乾燥を水で戻して味付けをするしね。そこだけは譲れないこだわりなんです」

まずはラーメンにも使う中華麺をせいろで蒸すところからはじまる。10分ほど蒸すと、白っぽかった麺が茶色っぽく変色していた。

中華麺をせいろで蒸すと麺に含まれたかん水が反応し、写真のように茶色っぽく変色。このひと手間で麺がもっちりとした食感になる。
中華麺をせいろで蒸すと麺に含まれたかん水が反応し、写真のように茶色っぽく変色。このひと手間で麺がもっちりとした食感になる。

蒸した麺を流水で締め、水気を切ったら軽く醤油をかけて下味をつける。それを中華鍋でキツネ色になるまでカリッと焼いて皿に盛る。

次に五目あんかけを作る。エビとイカ、豚肉、白菜や小松菜、にんじん、きくらげを入れ、醤油や塩、ラーメンスープなどで味付け、手早く炒めていく。取材中「もう年だから(笑)」と繰り返していたけれど、軽々と鍋を振る姿はしゃんとしてまだまだ現役だ。

強い火力で一気に炒めていく。哲さんは重い中華鍋を軽々と振る。
強い火力で一気に炒めていく。哲さんは重い中華鍋を軽々と振る。
麺の上を覆い尽くす色鮮やかな五目あんが食欲をそそる。
麺の上を覆い尽くす色鮮やかな五目あんが食欲をそそる。

ランチタイムだけど、この五目あんかけにはきっとお酒がピッタリだ。そう思って、カメ入り紹興酒(10年熟成)770円(特製ボトル750ml 3850円)も追加注文(いずれも税込み価格)。

さあ、楽しいランチのはじまりです! いただきまーす。

照り照りの五目焼きそばに琥珀色の紹興酒。最強のコンビネーションだ。
照り照りの五目焼きそばに琥珀色の紹興酒。最強のコンビネーションだ。

深みのある紹興酒をちびりと飲んで、五目焼きそばをひと口。野菜はシャキシャキしながらほどよく火が通って野菜本来のおいしさがあり、エビやイカもプリッとしている。カドのある塩味でなく全体的にまろやかなやさしい味付け。外側だけパリッと焼き付けた麺は香ばしく中はもっちりとして五目あんによく絡む。

「みなさんにお酢とカラシをおすすめしています。まずはそのまま食べ、調味料を使って3回楽しめますから」と、智子さん。

もちっとした中太麺に五目あんかけがよく絡む。このまろやかな風味はラーメンスープが一役買っている。
もちっとした中太麺に五目あんかけがよく絡む。このまろやかな風味はラーメンスープが一役買っている。
カラシの風味でひと口、お酢をかけてさっぱり味をひと口。味変を楽しみながら最後まで完食だ。
カラシの風味でひと口、お酢をかけてさっぱり味をひと口。味変を楽しみながら最後まで完食だ。

カラシをつけると、ツンとした辛みと風味が楽しめるし、お酢をかけるとあっさりといただける。当初の読み通りお酒の相性がいいのでどんどん食べ進めてしまい、最後のひと口が名残惜しかった。もう満腹なのに、他のメニューも食べてみたいなあ、と思わせる晢さんの腕前はさすがだ。

何度も来たくなる近所の常連さんの気持ちが、舌からジンジン伝わってきた。次は定食を食べてみたいな。

住所:東京都武蔵野市吉祥寺北町1-4-2/営業時間:11:30〜14:00・17:00〜21:00、土・日・祝は11:30~15:00・17:00〜21:00※夜は完全予約制(3名以上で前日までに予約)

取材・文・撮影=パンチ広沢