大久保駅近くでおいしい和食の隠れ家的お店
コリアンタウンとして多くの女子の人気を集めている新大久保駅から歩いて約300m。この辺りはアジア各国のお店が混在し、ちょっとしたブレードランナー的な雰囲気を作り出している。
大久保駅南口から出ると、総武線は高架となっていて、線路と並行して走る路地以外の道は、すべて線路で行き止まりになるか、トンネルとなっている。不思議なことにその道のすべてが斜めになっており、駅から正面にまっすぐ伸びる道は存在していない。
今回ご紹介する『うま煮や』に向かう道も、南口駅前にあるコンビニの横を斜めに伸びる細い路地を進んでいく。両側にはアジア各国の店に加え、日本代表の焼き鳥、牛すじカレーに豚骨ラーメン、そこにマッサージ店と占い店などが加わって、まさにアジア的なものが混沌とした街並みを作り出している。
中でもひときわ目立つのが朱色に金色の装飾が施されてそびえ立つ大きな建物。柱に黄金のドラゴンが巻き付いたそれは「東京媽祖廟(とうきょうまそびょう)」という場所で、台湾の方々が大切にしている寺院であるとのこと。
すっかり街の雰囲気にのまれ、両脇をキョロキョロと見ながら進むこと百数十メートル。『うま煮や』がある雑居ビル、新宿タウンプラザに到着する。到着したはずだが、たぶんスマホのマップを頼りにしていなければ確実に通り過ぎていたことだろう。
ビルの表には、雑然と店名の表示が並んでいる。「絶対ここにあるはず!」という強い信念で看板を1つずつチェックしていくと、ようやくスナックゆうこや歌酒場あけみ、酒房ハナハナなどの看板の中に『うま煮や』を発見。しかしそこには何階にあるのかも書かれていない。
「もしや店のご主人は、フリーの客などにはあまり来てほしくないのかも」などと勝手な想像が湧き上がる。やや腰が引けながらも、まだ閑散とした昼時の飲み屋ビルを2階にあがり、外廊下を進んでいくが『うま煮や』の看板が見つけられない。逆戻りしながらふと、そこから入る細い通路の先を見通すと、そこにようやくお店を発見する。わかりづらさこの上なし。
和食の料理人のご主人が編み出す、人気の和定食
「おじゃまします!」と店の中に入ると、迎えてくれたのはご主人の佐藤雅之さん。ニコリともせず、ちょっとハードボイルドな目でこちらを見つめ、それでも丁寧にあいさつの言葉を口にする。「怖いけどかっこいい」が筆者の第一印象。
店はテーブルに小上がり、そしてカウンター。全部で20人ほどが座れるややスナック風の空間。壁には夜のおすすめメニューが張られている。店は佐藤さん1人で切り盛りしているとのこと。
今回お願いしたのは、魅力の和定食の数々から選んだお昼の一番人気メニュー、豚ロース西京焼き定食700円。調理シーンを見せてもらうと、肉は魚を焼くのにもよく使われる大型の網焼きオーブンで調理されている。調理をしながら佐藤さん「もういろいろ聞いてもらってもいいですよ」と声をかけてくる。立ち話インタビュー開始。
店がオープンしたのは2014年くらい。それまで西新宿の和食居酒屋で料理人をしていた佐藤さんが独立するにあたって、佐藤さんの料理を愛してくれている常連さんに来てもらえる場所としてこの地に出店したとのこと。
「ちょっとわかりづらい感じですね」の言葉には「そうですね。ただ最近はネットでお店を確認してきてくれるので、女性1人で初めて来てくれるお客さんも結構多いですよ」とのこと。この地域には和食のお店が少ないため、和食を食べたさにお店を探し当てて来店してくれるお客さんが結構いらっしゃるという。
豚ロース西京焼きは甘く、やわらかく、香ばしく
人気の豚ロース西京焼き定食完成。お盆の上には豚ロース西京焼きのほかに、小鉢とお汁のお椀が付いている。小鉢と汁物は日替わり。この日の小鉢はだし汁に使った野菜とお豆腐。お汁はコンソメスープ。
ではメインディッシュのお肉をいただきます。西京焼きの豚肉は柔らかく、味噌の甘みのある味がしみじみうれしい。おかず力を心配したが、ご飯も非常に進む。お肉1切れでご飯2口。出汁が染みた小鉢をつまみ、お汁を挟んで再びお肉。ああ、うまい。ああ、甘い。味噌が香ばしい。「定番の生姜焼きではなく、西京焼きにしたのはやはり和食へのこだわりというのがあったからですね。それと自分が西京焼きがとても好きなもので」と佐藤さん。
「おいしいですね!」と素直に申し上げると、先ほどからのハードボイルドな表情から一転、実にフレンドリーで見事な笑顔を浮かべてくれる。第一印象の「怖い」からのこの笑顔のギャップ。「ちょっと人見知りなところがあって」と佐藤さんが種明かししてくれた。
冒頭、入りにくいと散々申しあげてしまったが、そんな条件にも関わらず、実はお客さんの半数近くが女性であるとのこと。女性に人気なのは天丼だそう。和食の料理人が本気で作った天丼である。そのおいしさは想像できる。
1人で切り盛りしているため、立て込んでいる時には難しいが、手が空いている時には結構わがままも聞いてくれるそうだ。「夜のために仕込んだ魚を、お客さんの要望でお昼にお出しすることもありますよ」と佐藤さん。それを目当てに、昼からお酒をおいしく飲まれるお客さんもいらっしゃるとか。
夜の営業では、店に来てカウンターに座り、注文もせず「なにかおいしいもの食べさせて」モードのお客さんも多いという。
帰りにはご主人が入り口前まで見送りに出てくれ「よろしくお願いします」と丁寧に頭を下げる。来た時と帰る時でここまでイメージの違う店もめずらしい。もしや半分を占めるという女性客の皆さんも、このご主人の人柄目当てではないか。そんなことまで想像してしまう。まさに大久保の片隅の幸せな隠れ家である。
構成=アート・サプライ 取材・文・撮影=夏井誠