そもそものきっかけは、お二人がレギュラーのラジオ番組に呼んでもらったことだった。小出さんがたまにメディアで私たちのバンド名を出してくれているのは知っていたが、そのラジオ出演で初めてお会いしたのだった。
収録では、私たちについて小出さんが岡村さんに説明する流れで、たくさん褒めてもらって気持ち良かった。一緒に飲みに行きましょうと誘ってももらえた。でも収録中の誘いを真に受けてはいけない。場を盛り上げる社交辞令かもしれないのだ。実際、以前出演したラジオ番組で、MCのタレントに「吉田さん仲良くなれそうです!飲みに行きましょう!」と言われたものの、特に何も起きなかったことがある。しかし小出さんは収録後すぐ「飲みに行く日決めましょう」と連絡先を交換し、岡村さんとグループラインも作ってくれた。誠実な人だった。
楽器が弾きたい(岡村)
数週間後に実現した飲み会。四谷にあるお二人行きつけの店に連れて行ってもらった。ビビって何も喋れなくなるのではという危惧があったが、お二人のフランクさと酒が入ると調子に乗る性分のおかげで、緊張することもなく楽しい時間を過ごした。
そのまま2軒目のバーへ移動し空気が温まりきった頃、岡村さんが「楽器が弾けるような飲み屋に行きたい」と言い出した。歌いたくなったらしい。普通の人ならカラオケに行きたいと言うところ、さすがミュージシャンである。
私はたまたま、まさに岡村さんが求めているような店を知っていた。新宿御苑にあるそのバーにはギターやベース、ピアノなど楽器が常備され、誰でも手ぶらで行って自由に演奏を楽しめる。そのバーの向かいのスナックでバイトをしていた時、お客さんに連れて行ってもらったことがあった。
四谷から新宿御苑に移動し店に入ると、50代の常連客数名が中島みゆきをギターで歌って楽しんでいた。最初は常連客と一緒に盛り上がり、私たちには無愛想なマスターだったが、「あれ岡村ちゃんじゃない?」とヒソヒソと話すお客さんの声を聞いたのか急に接客が丁寧になった気がした。
そうだ。この人たちはすごい人なんだ。便乗して少し気が大きくなっている自分が嫌だった。
岡村さんがギターを摑んで小さなステージに上がって歌い出すと、黙って酒を飲んでいたお客さんも声援を送り盛り上がっている。手ぶらでやってきて、気まぐれに歌うだけで人を楽しませることができるとはなんて素敵なことだろう。岡村さん特有のファンキーなギターカッティングと特徴的な歌い方を生で見て興奮した。一曲目が終わるころ、小出さんもステージに上がる。アコギのセッションが始まると、オーディエンスはさらに沸き立つ。流れから聞き覚えのあるフレーズへ。これは! 岡村さんと小出さん共作の「愛はおしゃれじゃない」じゃないか。カラオケで友達が歌っていた曲だ。本人たちが歌う姿を間近で見るありがたみに実感が追いつかなかったが、とりあえず「東京ってすげえな」と思った。
曲が終わってもセッションは続く。私は興奮して二人のステージを見ながら、同時に二人にもこちらの様子を見られていることに気づいていた。首でリズムを取り体を揺らしているが、このリアクションで正解なのだろうか。もっと「フーッ‼」とか「イェー‼」とか言った方がいいのか。
そんなことを考えている時、岡村さんがギターをかき鳴らしながらジッとこちらを見た。もっと盛り上がれということか。それに応えるように、さらに大きく、できるだけ音楽的に体を揺らした。勇気を出し「フーッ!」とも言ってみた。思ったより声が出なかったが、岡村さんは目をそらしてまた音楽に没入し始めたので、多分これで良かったんだろう。
20分にわたるセッションの間、私はノリの良い反応を意識し、体を揺らし続けた。二人がステージを降りると、オーディエンスから惜しみない拍手が送られ、そのまま場はお開きとなった。
ていうかさ(小出)
帰る方向が同じだった小出さんと私は一緒にタクシーに乗り込んだ。演奏を聴いた高揚感が残るテンションのまま今日のお礼を伝えると、「ていうかさ」と小出さんが言った。「なんでセッション入ってこなかったの?」。
虚を突かれた思いがした。私は二人のセッションを楽しみつつも、自分がそのセッションに混じる気など毛頭なかったのだ。
「岡村さんも『入って来い』って感じ出してたのに」
そういえば岡村さんはかなりこっちを見ていた。
私は長年バンドをやっているが、あまりセッションというものをしたことがない。急に私が二人に混じったとして演奏の邪魔になるようなことしかできなかっただろう。しかし技術云々の前に、ステージに立つ人間と立たない人間の心構えの違いがある気もした。小出さんと別れた後、酔いが回った頭のまま、そういうのって先天的なものなのかな、などとぼんやり考えながら歩いた。
文=吉田靖直(トリプルファイヤー) 撮影=鈴木愛子
『散歩の達人』2020年2月号より