神社で働くためには神職の資格が必要なのだ。資格を取る方法はいくつかあるが、多くは渋谷の國學院大學か伊勢の皇學館大学に通って一カ月の研修を受ける。親の進言を適当にあしらってきた私だが、大学を留年し、余計に学費を払ってもらっている弱みでいよいよ無視できなくなった。大学3年の春休み、気が進まない研修を受けることにしたのだ。

研修の初日から30分遅刻、幸先の悪いスタートだった。ビクビクしながら開講式が行われているホールのドアを開けると、全国各地の神社の子息が40人以上集まっていた。中には中高年もいたが、大半は私と同じ20代。それまで実家が神社という人に出会ったことがなかった私は、同じ境遇を分かち合える若者がたくさん集まっている状況に高揚した。

信頼できる友人

しかし数日研修を受けているうちに気づく。神社の子供という共通点だけで人と人はわかり合えない。真面目そうな人もいればチャラい人もいる。典型的なギャルもいた。自動車教習所のように、無作為に集められたメンバーと変わらないのだ。そんな場で、「関わらない方がいい暗そうな奴」としてスタートするのが私である。日を追うごとに親しげになっていく周囲を横目に、一人本を読んだり寝たふりをして休み時間の孤独を紛らわしていた。

私に唯一話しかけてくれたのが、新潟で神社を継ぐ予定の、2つ年上の宮崎さんという男性だった。やたら私を気にかけてくれ、一週間も経つ頃には昼食もタバコ休憩も帰り道も、いつも宮崎さんと一緒だった。宮崎さんのおかげで、朝早くから始まる厳しい研修の辛さが半減したように思う。

こんな環境で男2人が話せば自然と「この中で誰がタイプか」という下世話な話にもなる。私は博多弁が可愛い岡野さんが気になっていた。宮崎さんは小柄で天真爛漫な真鍋さんがタイプだと言う。少し照れながら好みを打ち明けてくれた宮崎さんを見て、さらに友情が深まった気がした。

最初は誰からも相手にされていないように感じていた私だったが、研修も半ばを過ぎる頃から、なぜか同年代の女性グループに話しかけられるようになった。その中には、宮崎さんが気になっている真鍋さんも含まれていた。と言うより、そのグループの中で最も積極的に話しかけて来たのが真鍋さんだった。

私は知らない人から変な人だと思われる自負があるが、彼女は変な人が好きらしく、元彼が私に似ているとも言ってきた。

女性経験がゼロに等しかった私は、あっという間に真鍋さんに惹かれるようになり、岡野さんの博多弁などどうでもよくなった。

数日もしないうち、家に帰ってもずっと真鍋さんのことを考えてしまう腑抜けた状態になった。研修終盤には真鍋さんからメールアドレスを聞かれ、やりとりをするようになる。遅刻の多い私のために朝メールを入れてくれたりもした。研修が終わったら2人で打ち上げをしようと誘われた。

だが宮崎さんには、自分はまだ博多弁の岡野さんが好きと言い続けてもいた。不誠実な態度だと思う。しかし言い訳をさせてもらうなら、友人を差し置いて好意を持たれた経験がなく、対応の仕方がわからなかったのだ。

そうこうしているうちに一カ月の研修は終了。遅刻が多かった私も、教官の温情もありなんとか資格を取得することができた。

楽しかった打ち上げ

閉校式が終わったその足で宮崎さんと一緒に今はなき渋谷駅高架下の飲み屋に繰り出した。教官や気に食わない研修生の悪口で盛り上がり、上がったテンションのまま道玄坂の風俗店に行き男同士の友情を確かめ合った。

すっかり上機嫌になった私たちは「また飲み行こうな!」「絶対行きましょう!」とガッチリ握手を交わし家路へ。宮崎さんは今後実家のある新潟に住むと言う。なかなか簡単には会えないだろうが、本当にまた会いたいと思った。

そして翌日は真鍋さんとの打ち上げである。私の家の最寄りの阿佐ケ谷駅に近いチェーン居酒屋へ。酒が入るうちに話は核心に近づき、勢いで好意を伝えると、やはり真鍋さんの方も私を好いていてくれたことがわかった。こんなにスムーズにいくことがあっていいのか。自然と私の家に泊まる流れになり、そのままトントン拍子で付き合うことになった。

翌朝目覚めると、宮崎さんからメールが届いていた。寝ぼけ眼のままメールを開くと、「いま真鍋といるんだろ。昨日はさぞ楽しかっただろうな」と書かれていた。

恐怖で一瞬にして眠気が飛んだ。思わず家の前や窓の外を確認するが不審な影はない。宮崎さんはどの段階から私たちが飲みにいくことを知っていたのだろう。気が動転したままシラを切るメールを送ったが、以後二度と宮崎さんから返信は来なかった。

文=吉田靖直(トリプルファイヤー) 撮影=鈴木愛子
『散歩の達人』2020年1月号より

地元の友達に誘われ、初めてクラブに行ったのは20歳前後の頃だった。連れて行ってもらったのは出会い目的の客ばかりの、いわゆる「チャラ箱」だ。友達は女の子に次々と声を掛け、10分もすると仲良くなっていた。羨ましかったが、ゴリゴリした色黒の男たちの中で場違いな存在としか思えず、一人黙ってクラブを退出。渋谷駅前で喉の限界までタバコを吸い、数時間始発列車を待ったのである。
私のような一般的に認知度の低いインディー・バンドマンでも、たまにはメジャーなミュージシャンとかかわる機会がある。特に印象に残っているのは、岡村靖幸さん、Base Ball Bearの小出さんと一緒に飲みに行った夜だ。