さあ、明日はどこに出かけようか。ワクワクしながら就寝したものの、翌日、昼に起きてサウナでマンガを読んでいるうちに夕方になってしまっていた。軽い自己嫌悪を覚えながら外に出る。1月の広島は思ったより寒い。少し街を歩いた後、寒さに耐えきれず個室ビデオに入った。スッキリして外に出ると、あたりはすっかり暗くなっている。わざわざ広島に残ったのに何をしているのだろう。

行き当たりばったりの旅にも、ある程度の計画性は必要だ。自分には観光は無理だと思った。もう早く東京に帰りたい。調べると、2時間後に発車する東京行き夜行バスがある。これに乗ろう。だがその前に、せめて広島らしい夕食を食べて帰りたい。何か名物はないかとさまよっていたところ、「広島風つけ麺」なる看板を発見した。広島風つけ麺とは、唐辛子やラー油が大量に入った赤いつけダレが特徴の辛いつけ麺のことだ。そこに入ることにした。

私は辛いものが好きだ。つけダレの辛さは、最も辛い「レベル5」をチョイス。やって来たつけ麺はなるほど辛かった。これが広島風か。俺は今広島を堪能している。そう自分に言い聞かせるように完食。その後無事夜行バスに乗り込み、東京へと出発した。

いつもはなかなか眠れない夜行バスだが、お腹が満たされたためか、その日は音楽を聴いているうちにすぐ眠っていた。

私は急いで固く締めた

そして数時間後。腹部の違和感で目を覚ます。時計を見ると深夜2時。寝ている間にお腹を冷やしてしまったのだろうか。ぼんやり携帯をいじっているうちに、おぼろげだったお腹の違和感ははっきりとした輪郭を持ってきた。この感覚は危ない。認めてしまうとその事実から逃れられなくなるような気がしたが、数分後には急激なスピードで状況が進行し、もはや気の持ちようで誤魔化かすことのできないレベルになった。

私はついに認めた。「めっちゃうんこしたい。」そう頭の中でつぶやいた瞬間、便意は一気に強くなった気がした。

格安のバスにはトイレがついていない。また、午前2時ではトイレ休憩も終わっている。もしこのまま朝までトイレ休憩がないとしたら……考えただけで恐ろしいことであった。経験則から言って、この便意は朝まで我慢できるような生やさしいものではない。最悪の状況が頭をよぎる。この便が外界に放出された場合、その臭気は密閉された空間を侵食し、いずれ完全に満たしきるであろう。異常な臭気で目を覚ます客、パニックに陥る車内。程なくして犯人は突き止められるが、目的地に着くまで数時間は逃げ場がない。私はこれまで築き上げてきた人としての尊厳を失うだろう。

しかし、微かな希望は残っていた。この中身は実は便ではないかもしれない。おならが肛門を圧迫することで私に便意だと錯覚させているのかもしれない。そういうことは今まで何度でもあった。恐る恐る肛門を少し開いてみる。その瞬間、脳内に「危ない!」という声が響き、私は急いで肛門を固く閉めた。息を切らしていた。

わずかな希望すらも打ち砕かれた。肛門を圧迫しているのはやはりガス的なものではなく、はっきりと形を持った存在であった。

こんなに急に強い便意に襲われることなんてない。なんで今日に限って。原因ははっきりしていた。広島風つけ麺だ。その「広島風」に相当する大量の唐辛子が、大腸から肛門にかけてを激しく攻撃している。私は広島を憎んだ。

その時バスは突然に……

運転席に行きトイレに行きたいと伝えるが、運転士は面倒臭そうに「朝の休憩まで我慢してください」と繰り返すだけだった。やり場のない気持ちを押し殺し、席に戻って数十分。もう便のことしか考えられない。その時は迫っていた。楽観的に見積もって、あと30分は我慢できないだろう。

その時、突然バスがスピードを落とし始めた。カーテンの隙間から外を見ると、バスは名古屋駅近くのサービスエリアに入っていき、そのまま停車した。名古屋で停まった理由はわからないが、とにかく運転席に向かい、便意の強さを伝える。そして運転手の許可をもらい、バスの外に出て、用を足すことができたのだった。もし漏らしたらズボンの中に収まってくれるようなタイプの便ではなかった。非常に危険な状況だったのだ。

緊張感から解放されバスに戻ると、名古屋に停まった理由がアナウンスされていた。車体に不具合が生じ、予定にはなかった名古屋に緊急停車したとのこと。結局乗客は全員近くのJR名古屋駅で降ろされ、東京までの新幹線自由席チケットが配布された。

今まで何十回も夜行バスに乗ったが、後にも先にもあの時以外途中で降ろされたことはない。バスに不具合が生じていなければ確実に悲劇は訪れていただろう。その日以降、名古屋は「奇跡が起きた街」として私の記憶に刻まれることになった。

 

文=吉田靖直 撮影=鈴木愛子
『散歩の達人』2019年4月号より