南口のパチンコ屋が月イチで開催する熱いイベントには欠かさず通った。北口のアーケード商店街、サンモールから一本外れた通りの雰囲気も気に入っていた。細い路地の両脇に飲食店が立ち並ぶその通りは、私が漠然と思い描いていた“東京の飲み屋街”のイメージに近かった。「一見さんお断り」的な店は少なく、どの店も大衆的で、学生も入りやすいのもありがたかった。

その通りの奥の方にはタイカレー屋がある。私は大学生の頃パクチーの美味しさに気づき、タイカレーのパクチーを大盛りにして食べるのにハマっていた。中でも、その店のタイカレーが好きだった。食べ物の中で一番好きなのではないかと思っていた時期もある。

当時私には、付き合っている彼女がいた。彼女とは食の趣味が合ったので、きっとその店のカレーも気に入ってくれるだろうと思い、一緒に行ったことがある。気に入ってもらえるか不安だったが、美味しい美味しいと満足そうに食べてくれた。あまりお世辞を言わない性格の子だったので、本当に美味しいと思ったのだと思う。

自分の好きなものを彼女が好きになってくれたのがうれしかったし、彼女に喜んでもらえて自然とうれしくなっている自分も少し好きになれた。

温かな余韻を破った女の子

店を出てカレーの感想を話しながら駅に向かっていたその時、30mほど前方の飲み屋の前で客引きをしている女の子が見えた。通りにはたくさんの人が歩いており、何人も視界には入っていたが、私はいつの間にかその女の子だけを目で追っていた。

直感的にわかった。遠かったのではっきり見えなかったが、その女の子は私と同年代で、しかも見た目がかなり自分の好みであることに。彼女の前で知らない女の子をまじまじと見るようなことは避けたいと思いつつも、目が離せなくなってしまうほど好みのタイプだった。

しかし、私が一番好きなのは、隣にいる彼女である。そうでなくてはいけない。いくら客引きの子が可愛かろうと私には関係ないが、できれば「近くで見たらあまり好みではなかった」というパターンであってほしい。そうすれば、無駄な雑念に惑わされず、彼女とカレーを食べた後の温かな余韻に浸ることができるだろう。

しかし顔がはっきり見える場所まで近づいて来ると、その子が自分の好みどストライクだという事実は、もう否定できなくなっていた。いや、近くで見ると想像していた以上の可愛さだ。まずい。少しでも話すと好きになってしまいそうだ。

その子は私が当時好きだった宮崎あおいに似ていたが、宮崎あおいを間近で見てもここまでの衝撃を受けることはないだろう。そのくらいの圧倒的な可愛さだった。勘弁してほしい。せめて彼女といるときに目の前に現れないでほしかった。すでに彼女の話が全く頭に入ってこなくなっていた。

ダメだ。可愛すぎる!

前を歩く人が客引きされているのが聞こえてきて、声や喋り方まで可愛いのがわかった。直接話しかけられたら絶対に挙動不審な言動をしてしまうことを予期した私は、「あっ!」と何かに気づいたふりをして早歩きで彼女から離れた。

そのまま客引きの前を素早く通り過ぎようとしたが、「19時までタイムサービスで生ビール半額でーす!」と笑顔で話しかけて来たその子とうっかり目が合ってしまった。

ああ、ダメだ。可愛すぎる。

あまりの可愛さに一瞬で好きになってしまいそうになったが、なんとか「あ、あ、あ、だ、だ、だ、大丈夫です!」とどもりながら返事をして目をそらし、早歩きでその場を離れた。

好きな子に話しかけられた中学生の感じが出てしまった。彼女にバレていないだろうか。気になったが振り返ることなくそのまま歩き続けた。

数軒先まで行ったところ、店頭の水槽で亀が飼われているのを見つけた。偶然見つけたこの亀が気になりすぎて、つい彼女を振り切って早足で見に来てしまったことにしようと決めた。

しばらく全く興味のない亀の甲羅を触っていたが、彼女がなかなかやってこない。彼女もさっきの子に客引きをされていた。会話が盛り上がっているのか、笑い声まで聞こえてくる。

客引きとフランクに会話できる明るさは彼女の好きなところだったが、今は彼女とその子を一緒に見たくなかった。

結局彼女は、1分ほど女の子と話した後ようやくやってきて、亀に熱中しているフリをしている私に向かって「急にどうしたの?」と聞いた後、「さっきの女の子、めっちゃ可愛かったねー!」と楽しそうに言った。

全く同感である。

しかし、私は亀に興味を引かれすぎて女の子など全く眼中になかった人の話し方で、「ああ、そういや可愛かったかも」と答えながら、まだ治まらない動悸と顔の紅潮がバレないよう彼女に背を向けたまま、いつまでも亀を触り続けていた。

 

文=吉田靖直(トリプルファイヤー) 撮影=鈴木愛子
『散歩の達人』2019年5月号より