スペインを知ってもらいたい!大きなパエリアパンを抱え日本一周
「渋谷マークシティ」沿いの坂道をのぼり、老舗ライブハウス『La.mama』の前を抜けてもう1本南側の路地に出ると『カルボ 渋谷店』が見えた。このあたりは駅前の喧騒から離れ、静かで落ち着いた雰囲気だ。
迎えてくれたのはオーナーシェフの由利拓也さん。バルセロナのミシュラン1つ星レストランなどで4年間修業を積み、帰国後に国際パエリアコンクール日本大会で2年連続準優勝、さらに全日本タパス選手権優勝という輝かしい経歴をもつ実力者だ。
「スペインに行って、スペインの人たちのことが大好きになって。自分の人生が変わった」と語る由利さん。言葉が通じなくても、一生懸命面倒みてくれる。わからないと言えば、わかるまで説明してくれる。そんなスペインに恩返しがしたいと話す。「こんなにおいしい料理があって、こんなに楽しい国なんだっていうのを僕から発信したい」
日本に帰国後は、都内のスペインバルのオーナーシェフとして店を任されるが、3年ほどで独立に向けて退職。物件探しを進めつつ「70㎝もある大きなパエリアパンを軽バンに積み込んで」日本一周の旅に出た。人が集まれる場所を借り、地元の食材を使って、大きなパエリアパンで調理する。「地域の人を集めてもらって、ワンコインでパエリアをふるまって、そのお金でまた次の県へ行って。マンガ喫茶なんかで寝泊まりしながら2カ月間で47都道府県すべて回りました」。
「『パエリアなんて食べたことないから』って地域のおじいちゃんやおばあちゃんも来てくれて、おいしいおいしいって食べてくれるんですよ」と満面の笑顔で話す由利さん。お米を使うパエリアは日本人に親しみやすいし、地元の食材を使って調理するなんてナイスアイデアだ。
「自分の行動でいろんな人がスペイン料理を知ってくれる。それがすごくうれしくて」。きっとそのパエリアには由利さんの“スペインを思う熱い気持ち”という特別なスパイスも効いているんだろうな。
『カルボ』は2020年学芸大学に1号店が、2023年には福岡県に2号店がオープン。ここ渋谷店は3店舗目の『カルボ』になる。都内の学芸大学と、福岡県にある店では炭と薪を使った料理を提供しているが、渋谷店のウリは “プランチャ料理”だ。
“プランチャ”はスペイン版の鉄板焼きのこと。日本ではあまり見聞きしないが、スペインでは大衆的な料理で、だいたいのバルやレストランにプランチャ台(鉄板)が置かれているそう。『カルボ 渋谷店』にも本場のバルのようにプランチャ台が備えられている。さっそくプランチャ料理をいただいてみよう。
焼き加減が絶妙! 煙立ち上るプランチャ料理
注文したのはハラミのステーキとフォアグラ スペイン風玉葱ソース2200円。カウンター席に座ると、目の前のプランチャ台で肉とフォアグラが煙を上げてダイナミックに焼かれていく。
牛ハラミはしっかりとした弾力が感じられる絶妙な焼き加減。フォアグラはふわとろでこれまた絶妙! そして染み出た肉汁と玉ねぎを合わせたソースと、香ばしく焼かれたポテトの相性がバツグンなのだ。
次にいただくのは『カルボ』の看板メニュー、鮮魚のパリパリ包み揚げ1200円(2P)。スペインで開催された世界タパス大会で審査員特別賞を受賞した一品だ。白身魚をカダイフ(中東で使われる細い麺状のパスタ)で巻いて揚げた、由利さん考案のオリジナルメニューだ。
「ここまでみんなに『おいしい』って言ってもらえるとは予想以上だった」と由利さん。サクサクした食感のカダイフにソースがしっかり絡む。お皿に残ったソースをパンやパスタでぬぐいたい! このクリームソースをメインにもう1品メニューができそう♪
おすすめのドリンクは、自家製レモンチェッロを炭酸で割りサワーに仕立てた、カルボサワー650円。最初に感じるのはレモンのさわやかな香り。ほどよい甘さのなかにレモンの皮のほろ苦さも。さっぱりしていてぐびぐび飲めてしまう。おいしい!
スペイン料理をベースにしながらシェフのオリジナリティが加わった、ほかでは味わえないメニューに大満足。ごちそうさまでした!
渋谷の若者においしい料理を知ってもらいたい
京都出身の由利さんは、学生時代に地元の飲食店でアルバイトをしてその楽しさにはまり、上京して調理の専門学校に入学。当初は飲食店の経営に興味があったそうだが、授業を受けるうちに料理の世界にのめり込んでいった。そこでは料理と真剣に向き合う恩師との出会いもあった。
「先生から『料理がわかるオーナーになりなさい』って言われて。しっかり料理を勉強して料理人の気持ちがわかるオーナーにならないとダメだと。当時はその意味がよく理解できてなかったんですけど、言われた通りしっかり授業を受けているうちに料理が本当に楽しくなっちゃって。どんどん自分のレベルが上がっていくのが楽しくて、のめり込んじゃいました」
調理師学校卒業後、ビストロに就職。最初の就職先にフレンチを選んだのは「フレンチか和食を経験しておけばどんな料理にも対応できる」という恩師の言葉から。「3年間で何から何までやらせてもらいました。魚、肉、デザート、パン、そして接客。そこでの経験が料理人としてのベースになっています」
由利さんが独立したのは2018年のこと。前述の“パエリアパンを積み込んで日本一周”を終え、中目黒にスペイン料理『パブロ』をオープンした。現在『カルボ』3店舗も含め全4店舗のオーナーを務める。いずれも週末ともなれば予約必須の人気店だ。
とんとん拍子に店舗を増やしてきたように見えるが、積極的に店舗展開をする考えは持っていないという。「会社の方針は、しっかり働いて、 しっかり稼いで、しっかり遊ぶ。スタッフはそれを理解し合える仲間なんです。いいタイミングでそれを分かち合える人との出会いがあれば、また展開もありかな」。
由利さん自身、現在も週5で『パブロ』の調理場に立っている。恩師の教えどおり“料理がわかるオーナー”を体現されてますね!
渋谷という場所柄、ほかの店舗に比べて若いお客さんが多い。「僕が20歳ぐらいの時はフォアグラなんて食べたことなかったし、牛頬肉の赤ワイン煮込みなんて知らなかったんですよ。若い人たちにこういうおいしい料理を知ってもらいたい。フレンチレストランなんかに行ったらこの値段では食べられないので」。
若い人に限らず、いくつになったってフォアグラなんて憧れの食材だけど、ここでは肩ひじ張らずに楽しめるのがいい。イベリコ豚も天草大王も気になるー! カウンター席で1人飲みもいいけど、次は友だちを誘ってテーブルにいっぱい並んだ料理をシェアしたいな。
取材・文・撮影=丸山美紀(アート・サプライ)