ネイルサロン&日焼けサロン経営から、ラーメン職人に転身。イチから修業をして自分の店をオープン。
駒沢通りに面した雑居ビル。住所を見るとビルの1階にあるはずなのだがラーメン店らしきものは見つからない。よーく見ると立て看板の奥に『味噌らーめん 柿田川ひばり本店』があった。
店に入っていくと、店主の村田直彦さんが迎えてくださった。村田さんは、静岡県出身。もともとネイルサロンや日焼けサロンなどを経営していたが、味噌ラーメンの人気店『東京スタイルみそらーめん ど・みそ京橋本店』の味噌ラーメンのおいしさに衝撃を受け、サロン経営とは180度違うラーメン職人に転職することになった。
「もともと味噌ラーメンが好きだったんですけど、当時は淡麗系や濃厚なトンコツラーメンが流行っていたので、味噌なら勝機があるかなと思いました。いろいろ食べ歩いた中、『ど・みそ』はダントツにおいしかったんですよね。味噌スープに背脂を入れているというのも珍しく、この味を自分の店でも出したいと、『ど・みそ』の代表・齋藤さんにお願いして2017年から修業をさせていただきました」。実は齋藤氏もシステムエンジニアからラーメン店店主に転身した異色の経歴の持ち主。村田さんの姿を当時の自分に重ねたのかもしれない。
『ど・みそ』での経験は、初めてのことばかりで最初は身体的にもキツかったそうだが、自分のラーメン店を開きたいという強い思いが背中を押したという。そして齋藤さんからお墨付きをいただき2018年、村田さんの地元・静岡で念願の『味噌らーめん 柿田川ひばり』をオープンした。
店は日本三大名水のひとつ、静岡の柿田川湧水群のほど近くにある。風光明媚なこの場所で、『ど・みそ』直伝の昆布水で作った味噌つけ麺と、濃厚な味噌ラーメン店を看板にした店をオープンすると、たちまち地元の人気店になった。
「最初は恵比寿に店を開きたかったんですよ。でも、人気の街なので物件が空かないんですよね。まずは地元で、修業してきた味を提供してみようと思いました」。
そして2021年1月、恵比寿の駅前に空き物件が出たということで、柿田川の店は後輩に任せ、村田さんは再び上京し『味噌らーめん 柿田川ひばり恵比寿本店』をオープンさせたのだ。
昆布水と背脂、5種のオリジナルブレンド味噌が決め手の特製味噌らーめん
かくしてこの店の真髄となるメニュー・特製味噌らーめんをオーダーした。個人的な話だが、味噌らーめん大好きなのになぜかあまり選ばない。だから今日はとても期待しているのだ!
低温調理で仕上げた肩ロースのチャーシューは、まるで生ハムのようにしっとり。焼肉のタレのような甘辛い醤油だれが絡んでいる。「友達と話しているときに、『ラーメンに焼肉が乗っていたらうれしいよね』というアイデアが飛び出し、こんなふうになりました」と村田さん。
レア感がある肉々しさを味わいたいなら早めに食べ、少し固めがいいならスープに沈ませてから食べてみよう。
「味噌は八丁、江戸、仙台、信州、そして熟成と5つの味噌をブレンドしています。味噌の塩気と背脂の甘みが溶け合って、濃厚な味噌スープになっているでしょう? 味噌バターラーメンみたいな味を目指したんですよ」。
生味噌の少しツンとした発酵臭や酸味が味噌好きにはたまらない。それに加えてぷーんと薫る山椒の香り。あれ、ほかにも香ばしい香りがするのだが、これはなんだろう。
「ごま油とピーナッツ油も加えています。濃厚な味噌スープには、浅草開花楼のもっちもち太麺を合わせました。これ、タピオカ粉入りなんですよ」。
ワオ! たしかに跳ね返すような弾力。まさかかつてのギャルの好物が麺に練り込まれていたとは。後味にほんのり甘みも感じられてスープによく合うなあ。最後は丼の底に残ったコーンを残さず食べる。これがおいしいんだよなあ。ごちそうさまでした。
「恵比寿に店を出したい!」。この街にこだわる理由とは?
「味噌らーめんの店を出すなら恵比寿」にこだわってきた村田さん。空き物件が見つかったのは、忌まわしき感染症の第2波のころだった。この先どうなるのか、誰もが不安だった最中に「まあ、どうにかなるでしょう」という気持ちでスタートした恵比寿本店。都内に魅力的な街は数あれど、なぜ恵比寿でなければいけなかったのか。
「よく遊んでいた街で土地勘もあるし、友達が多いというのもありますかね。それから昔から品があって洗練された大人の街だし、そもそも街並みが好きなんですよ。店もチェーン系だけでなく個性があるし、30〜40才の店主が営む飲食店がものすごく頑張っている。同年代としてはシンパシーを感じるからでしょうか」と語る。
先にオープンした柿田川店が、静岡県内のラーメンランキングで味噌部門1位を獲得していたことも背中を押したのだろう。恵比寿本店にはすっかり固定客が付き、土日はラーメンファンが全国から押し寄せてくるようになった。
村田さんは「恵比寿は外国人も多い街。日本らしい味噌を使ったラーメンで日本食のおいしさをアピールしたい」と語る。
異業種から転身し、厳しい修業を乗り越えて作り出した渾身の一杯。外国人のみなさんにもこの店の味噌らーめんのおいしさがわかってもらえたら、筆者も日本人として誇らしい気分になり満足げに「うんうん」とうなずくだろう。これを人は「便乗」と呼びます(笑)。
構成=アート・サプライ 取材・文・撮影=パンチ広沢