店舗は火・木・土の週3日営業。活気あふれる工場の直売所
高橋康弘さんが両親のやっていた乾物屋『峰屋』の店舗と屋号を受け継いで、パン屋を始めたのは40年ほど前だ。現在は、乾物屋だった場所と数軒先に借りた店舗の2か所でパンを焼いていて、あたりにはパンが焼けるおいしそうな香りが漂う。
小売りの店舗は2021年11月に『峰屋 工場直売所』としてリニューアルし、現在は火・木・土の週3日営業だ。お店に入ると、スタッフさん達がキビキビと作業している姿が見えたり、パン焼き釜からタイマーの音が聞こえたりと、まさに工場の直売所らしい活気に溢れている。
直売所のバンズは3種類。 全国のハンバーガー店に応えて総数40種類以上
『峰屋』といえば、グルメハンバーガーのバンズ。バンズをつくり始めたのは1990年台の半ばから。小売りと並行して、有名なレストランにバゲットなどを卸していたが、本郷にあるグルメバーガーの草分け『ファイヤーハウス』の店主がオリジナルのバンズを求めてやってきたことがきっかけになった。現在『ファイヤーハウス』のバンズはつくっていないが、それ以降、グルメバーガーに携わる人たちの間で口コミが広がって、北は青森、南は沖縄、全国のハンバーガー店のバンズをつくっている。
「こういうハンバーガーをつくりたいっていう人が来るから、話を聞く。それなら、こういう配合のバンズがいいだろうって考えるわけ」
もともと卸先とのコミュニケーションを大切にし、要望に合ったパンをつくってきた高橋さん。豊富な経験と柔軟な発想で、その人の目指すハンバーガーに合わせて、新しいバンズを開発してきた。期待に応えたバンズの種類は、今や40以上にまで膨れ上がっている。
工場直売所で販売されているバンズは3種類。精製した小麦が100%のもの、グラハム粉入り、ライ麦入りがある。大きさも、生地の見た目もそれぞれ。
小麦100%のバンズは、小麦の甘みをほんのり感じて、もっちりしたパン。ライ麦入りのバンズは、軽い酸味と塩味を感じるパンで、生地は歯切れもいい。グラハム入りは、深みのある味わいだ。
自宅でとびきりのハンバーガーをつくろうとバンズを買いに来る人も多いため、数ある商品の中でも人気。売り切れてしまうことも少なくない。
店内にはオリジナルの「バーガー」も並ぶが、「バーガーって呼んでいるけど、うちのは焼き込みパンだよ」と高橋さん。「全部に一度火を通しているから、安全なんだ」と付け足した。
例えば高橋さんのイチオシのワイルドバーガーは、焼きあげたバンズに、豚ひき肉と玉ねぎのパテを焼いたものと、味付けしてしんなりさせたキャベツを挟んでから、さらにオーブンに入れて火を入れている。1つでずいぶんお腹がいっぱいになるビッグでワイルドな一品だが、豚肉のうまみとシャキシャキ感が残るたっぷりキャベツとのコンビネーションがあとを引く。1つ360円という値段もずいぶん良心的だ。
アイデアと技術で生まれたおかとうふ食パン
『峰屋』のパンは、天然酵母と酒種を使うのも特徴だ。しかも酒種は、一般的な米と麹に水を使うものに加えて、オリジナルが2種類ある。オリジナルの酒種のひとつは、米、麹、水に近所にある老舗の豆腐屋さんから仕入れたおからと豆乳を加えたもの。おからを使った酒種を使うと、独特のもちっとした食感と大豆由来の甘みが特徴になる。
おから入り酒種を使ったパンの代表格が、おかとうふ食パン。こんがりキツネ色の山形食パンは、密度が高いのに、軽い食感。軽い酸味の後にほんのり甘味を感じる。
現在、工場には高橋さんと息子の康太さんを含めて10人のパン職人がいて、短い人でも12年以上も働いているというプロ集団。高橋さんが体調を崩して現場から離れていた時期もあったが、技術力の高い職人たちと、息子さんとで、手づくりのパンを守ってきた。
「親父からはいつも職人になるな、商売人になれと言われてきました。会社を続けていくには、視野が狭くなりすぎないことも大切だからって」と康太さん。
「一度決めたら曲げない頑固親父」と康太さんに言われる高橋さんだが、バンズの神様には商売人としての柔軟な発想と高いコミュニケーション能力、そしてご自身とスタッフさんの高い技術力がある。「大したもんなんだよ、俺」とにっこりする高橋さんのチャーミングさも、お店の魅力だ。
取材・撮影・文=野崎さおり