数年前の夏、近所に住んでいた友人のA子から「鎌倉の海へ行かないか」と持ちかけられた。彼女が言うには、もともと女友達3人で行く予定だったのだが、せっかくなら知り合いの男を3人呼んで男女6人でわいわいしたいという話になったとのこと。その気持ちはよく理解できたし、こちらとしても願ってもない話だった。ほぼ初対面の男女6人で夏の海。なんて楽しそうなんだ。
A子によると彼女の友人はそれぞれ歯科衛生士とYouTuberをやっているらしい。またA子からは「ただ皆でわいわい楽しみたいだけだから、合コン的な男のノリを出さない人を呼んで」と釘を刺された。そこで私が声をかけたのは、大学時代のサークルの先輩であるTさんと後輩のKだった。Tさんは結構男前で話がうまく、Kも可愛げがあって面白いやつだ。ふたりとも女性には奥手な文系男子という感じで、これなら先方の要望にぴったりだと思った。
午前11時、江ノ電由比ケ浜駅にて男3人で待っていると、ほどなくして現れた20代後半・いい感じの女性3人組。早速、先方が予約してくれた海辺のバーベキュー屋へと向かう。砂浜を見ながら魚介や肉を網の上で焼く。空腹を満たすと砂浜に出てひとしきり水遊びを楽しむ。そのあと、鎌倉の喫茶店へと移動し午後のティータイム。女性陣に仕事や恋愛の話を聞く。
と、概要だけ書けば文句なく楽しそうな時間だが、私は気づいていた。女性陣のA子以外の2人が明らかに退屈そうな素振りを見せはじめていることに。A子は私と知り合いの手前、気を使って盛り上げようとしてくれているものの、他の2人がついてこない。恋愛トークの流れで「女の子を守る体で車道側を歩こうとする男、どう思う?」と振ってみても、「……まあ、いいんじゃないですか」と、なかなかに非積極的な態度だ。
煮え切らない数十分を過ごしたころ、おもむろにT先輩が「飲み物も飲んだし、商店街でも歩いてみようか」と切り出しレジに向かった。さすが先輩。停滞した空気を察し、場の雰囲気を変えるためにとりあえず店を出る決断をしたのだ。私たちも急いで荷物をまとめ、先輩の後を追った。すると、レジの前でT先輩が店員に言った。「アイスコーヒー1つで」。
……それはダメだ、先輩。グループの先頭のT先輩が「アイスコーヒー1つで」と発言することはつまり「自分が飲んだぶんは自分で払うシステム」を採用することを意味する。たしかに大学時代に皆でファミレスに行った際はいつもこの方式で会計をしていた。しかし我々はもう30も過ぎた大人であり、初対面で年下の女性と店に入った場合は一般的にいえばもっとダンディな会計を行わなくてはならないのではないか。先に先輩が全員分を払っておいて、後で男性陣で割り勘にするとか。
どっちでもいいです。
私の心配は的外れではなかったようで、列になって「レモンスカッシュ1つで」「アイスティー1つで」と次々会計していく彼女たちは明らかにますます不機嫌になっているように見えた。
そのあと皆でしらす丼を食べた私たちは、また海まで歩いて行って花火をした。私と後輩Kは疲れてしまい集団の後ろを黙ってついていくだけだったが、T先輩は途中スーパーに立ち寄りスイカバーの箱入りセットを買って皆に分け与えたり、女性陣にクイズを出したりしてひとり気を吐いていた。しかし女性陣は「スイカバーとメロンバー、どっちがいい?」と聞かれても「どっちでもいいです」と気のない返答で、むしろ何故そのテンションでまだ帰らないんだろう、というのが疑問なほどだった。
解散後、T先輩が6人でグループラインを作ろうとA子に持ちかけたが、他の女子たちに拒まれて頓挫したという話を聞いた。別にまじめに返信する必要もない建前だけのグループラインすらお断りというのは、なかなか類を見ないレベルの拒否具合ではないか。
後日、何がそんなに彼女たちの気分を害したのかA子に聞いてみた。いわく、最初のバーベキューを完全な割り勘にした時点で女性陣のテンションは下がっていたそうだ。また、YouTuberの女性に、「俺もYouTuberやってみたいんだよね」となにげなく言った私の発言は、職業を軽く扱われているようで嫌だったとのこと。そういえば彼女は喫茶店で男たちがコーヒーを飲み食レポ風にふざけ合った流れで、「こんな時YouTuberだったらどんな風に感想言うの?」と私が振ると、「はあ……ここでもそんなことしないといけないのか」と不快感を露わにしていた。さらに歯科衛生士の彼女に対し、事前にA子からプロフィールを聞いていた私が「君、歯科衛生士なんだよね?」と最初に聞いたのもダメだった。勝手に個人情報をバラされたような気がしたのだそうだ。
T先輩だけではない。私も好感度低下に思いがけず加担していたのだ。だが彼女たちも「ただ皆でわいわいしたいだけ」とか言っておいて女性をエスコートする男性的なマナーを求めすぎではないか。
やっぱり私は海との相性が悪いのだろう。無理に刺激など求めず、気心のしれた友人と海辺でだらだらとビールでも飲んでいるくらいがちょうどいいのかもしれない。
文=吉田靖直 撮影=鈴木愛子
『散歩の達人』2022年9月号より