私はにゃんこスターというコンビで活動していて、漫才協会に所属しています。ナイツの塙さんから「漫才協会に新しい風を!」とお誘いを受けて加入し、伝統ある浅草『東洋館』の舞台でなわとびを跳んでいます。新しい風を、なわとびの細い紐で起こそうと頑張っています。
そんな漫才協会には今、月に1回という、めっちゃ稀有な素材で出来たゴミが出せる日くらいのペースで出演しているのですが、そうして舞台に立ったあと、私はあるものを見に行くのがお気に入りのルーティーンになっています。
それは……隅田川です!
もう、ここはスゴイです。川のすぐ横が「隅田川テラス」といって歩きやすいよう整備されていて綺麗な川沿いを散歩することができるのです。川や海といった、大きい水の塊をみるのが好きな私にとってここは憩いのスポットです。
私は昔、家族旅行でフェリーに乗ったことがあります。朝が早かったのでメガネをかけながらデッキに出て、海を覗き込んだとき、ふっ……とメガネが落ちそうになりました。
ゾッッッ…………!
もし、メガネが落ちていたらどこまで沈んでしまったのだろう……そうして覗き込んだ海は、深くて、底知れなくて、力強くて、飲み込まれそうで……とてつもない生命力を感じました。
あれから、元気がないときは海や川を見に行ってゾッとして心拍数を上げて生命を感じています。
あの、よく分からなかった方は「とにかく隅田川を眺めるのが好きなのね」の18文字で片付けてください!それで大丈夫です!ありがとう!意味のある18文字!
そうしてお世話になっている私ですが、あるときテラスがまだまだ先に続いていることに気付きました。なので今回は、この「隅田川テラス」を浅草から清澄白河まで歩いてみたいと思います。なぜ急に清澄白河かというと、そこまでをマップで調べてみるとおよそ4キロ徒歩1時間となんかちょうど良いのと、最後にコーヒーの街・清澄白河でお茶するのをゴールにしたいからです。人らしい理由ですみません!
それでは、早速スタートです。空はかなりの灰色で、川もそれを映して深い緑色で、でも頑張って良く言うとモネの絵みたいですごく良い雰囲気です。
雨が降らないうちに歩き出します。
音楽も聞かず……1人……ただ景色だけを見て歩く…………ふわっ……。
こうして何も考えず歩いていると、ふとした瞬間「ふわっ……」と「あれどうしようかな……?」と心の声が上がってきたりしませんか?私はこれがかなり助かります。それによって自分が今いちばん気にかけていることを再認識できるからです。「私って何がしたかったんだっけ……?」など、自分の気持ちが分からなくなったときは無になって歩くの、とてもオススメです。
そうして「私って部屋干し用にもっとハンガーが欲しかったんだ……」と、本当の気持ちに気付きながら歩いていると、女の子が駆け寄ってきました。
「あの!スカイツリーを背景に写真を撮ってくれませんか?」
見てみると大学生らしい2人組で、それぞれピンクとイエローの淡くて可愛い浴衣を着ています。浅草では浴衣をレンタルすることができるお店があるので、学生や観光で来た外国の方が着ているのをよく見かけます。こういう、浅草にいる人ではなくて、流動的な人によって浅草らしさが作られているの、不思議で素敵なシステムですよね!
浴衣と隅田川とスカイツリー。確かにとても美しいフォトスポットです。「画角は広めで!」「連写で!」と、思っていた3倍は発注された後、隅田川散策は再開します。すると、少し歩いた先でこんな看板を発見しました。
「水生植物保護のため柵内に入らないで下さい。」とあります。なんとこちら東京都が立てている看板のようです。
え……!?そんな保護しなきゃならないほどの植物がここに……!??
見てみると、そこには笹の葉のように切れ長な葉の、100cmくらいの草がありました。が、すごくどこにでもありそうでした。
いや、でもこういうときの「知らない世界ってあるなあ……」という気持ち、大切にしなきゃです。
例えばなのですが、SNSで誰かタレントが結婚したとき、とてもめでたい話題なのに「誰?www」「興味ないんだがwww」などとリプライを送る人がいます。そんなものは無粋です。知らないことは仕方なくても、そこに世界があることや大切に想う人がいることを想像する豊かさは持っていたいものです。私もこの水生植物は初見でしたが、この子が都に愛されている優しい世界があるんだなあと教えてもらいました。
水生植物1つで、こんな境地にたどり着けるとは!隅田川テラス、底知れません!
また、歩き出します。景色は少し変わって、川の向こう岸にアサヒビールの金のオブジェが見えてきました。聖火台の炎がモチーフらしいのですが、みんな思うところがあるあの金のオブジェです。
ちょうどそのあたりの川には、赤い橋が掛かっていました。なんか、これがすごくカッコ良かったです。ただの赤じゃなくて深めの赤がモダンでカッコよくて、かまぼこみたいなアーチが横に3つ連なっています。橋のそばに「隅田川テラス案内図」なるものがあり、赤い橋の説明まで書いてありました。この橋は「吾妻橋」というらしいです。さらに説明を読んでみると……
「安永3年(1774)に住民によって有料の橋が架けられ、大川橋と呼ばれていましたが、後には吾妻橋と通称されました。」
え……!?橋がない時代ってあったんだ……!
当たり前すぎることに気が付きました。確かに、川は自然に存在するとして、橋は人がいないと完成しません。そうして改めて川幅を見てみると、とてもじゃないけど持ち前の泳法では渡りきれません。橋ができるまでにどんな想いがあったんだ……?作るとなったらどれだけ大変だったんだ……?
橋にも背景があることを知り、そして、興味が湧いてきます。少し先に青い橋が見えたので好奇心のまま急いで向かってみます。今度は大きく1つアーチがかかった形です。「駒形橋」と言うらしいです。そして……
「ここは古来より交通の要地で、“駒形の渡し”のあったところです。」
駒形の渡し……?
検索してみると「渡し」とは「渡し船」のことで、橋がなかった頃は川の向こうへ行きたいお客さんを船に乗せていたそうです。そしてさらにこの「駒形の渡し」は、吉原へ向かうお客さんが多く利用したんだそうです。
渡し船……。吉原……。
普段何気なく見ていた景色にも歴史があるんですね。橋に改めて教えられました。そして今それらの文化は無くなってしまったけど、川は変わらず佇んでいて、この世の盛者必衰を見てきたと思うと……すごく壮大です!盛者必衰なんて、かっこいい四字熟語を使えました!やりました!
また、歩き出します。すると……え!??どこかであったことがあるような見覚えのある姿とすれ違います。切れ長な……葉っぱ……?
「もしかして、あのときの水生植物!??」
振り返ると、なんと、先ほど見たあの水生植物です!あれの成長したバージョンがそこにはありました。
でかっ!!!!!!めちゃくちゃでかいです!!2mくらいあります!!!あの子、ここまで大きくなるんだ……!!!!!
変わらず柵の中で生えてはいるものの、看板なんてなく、東京都から守られていた頃の面影なんて全くないほど立派に育っています。少女漫画で、近所に住む弟みたいに可愛がっていた年下の男の子が、大人になって再会したら自分より背が高いイケメンになってた!みたいな!え?分かりますか!??そんなトキメキがありました!
う、嬉しい……。今日知ったばかりなのになぜかめちゃくちゃ嬉しかったです。ほかほかした気持ちで歩いていると、今の私の心を映したかのような鮮やかなアジサイが目に入りました。こういったテラス沿いのお花は、調べてみたところ「花守さん」というボランティアの方々が植えてくださっているようなのです。ありがたくて素敵な活動ですよね!そんなアジサイの前で、ちょうどご婦人が2人座って向かい合って話していて、アジサイで彩られたスタジオのトーク番組みたいになっていました。かなり観覧したかったです。
また少し歩くと、エメラルドグリーンのような色の厩(うまや)橋のあたりに来ました。すると、なにやら絵の描かれた石碑が2つ並んでいます。
「榧寺の高灯籠 御馬屋川岸乗合」
漢字すぎます。多すぎです。続く説明を頑張って読んでみると、どうやらこの2枚の絵は浮世絵師の葛飾北斎が、まだこの厩橋がなかった頃に盛んだった渡し舟の様子を描いたものらしいのです。ええ!??そんな見方させてもらっていいんですか……!??絵を現地で見ることができるとは……!すごいスピードの聖地巡礼です。置いた人の意図した通りに浮世絵に描かれた昔の絵と今の隅田川を見比べてみます。すると、渡し船の労力とか危険性とか、そういったものを全て現代では橋が解決していました!すごいです……!橋ってこんなにありがたいものだったんだ……!
隅田川に沿って歩いてみると橋が沢山あることに気付きますが、驚きなのは一つも同じ橋がないことです。どれもこだわって作られています。また見えてきた新しい橋も「蔵前橋」というおしゃれなイエローの橋で、さらによく見てみると、欄干に力士のイラストがあしらわれていて街が両国に近付いていることを視覚的に教えてくれます……!粋すぎる……!
こんな感じで、隅田川沿いを歩いてみると、本当にこの街がサービス精神旺盛なことが分かります。力士に続いて今度は、安藤広重の浮世絵が描かれた石板が現れました。「名所江戸百景」とあり隅田川にまつわる絵がたくさん置かれていたのですが……当時の芸術家はどうしてここまで隅田川に惹かれたんでしょうか……!?実はこの後にも「大川端芭蕉句選」といって松尾芭蕉がこの地で詠んだ俳句の石碑も置かれていたのですが、隅田川はこんなにも人間にインスピレーションを与えてしまう川なのでしょうか……!??
浅草からずっと歩いてきた隅田川テラスも、両国橋の少し前で行き止まりになります。一回道に出て柳橋を渡ると、また隅田川テラスの続きに戻ってくることができます。
しかし、あれ……?ここからの遊歩道は、さっきまでと何か違う気がします。それまではモダンな雰囲気でしたが、ここからは大きめのタイルとグリーンのベンチが置かれてフランスっぽい雰囲気になりました。そしてそんなエリアを抜けると、次は青と白の市松模様の道に、年季が入った渋い色の木のベンチになって、和な雰囲気です。テラスを手掛けるデザイナーが変わったのか!?という印象です。たまにありますよね。アイドルでも「歌の雰囲気が違うな」と思ったら作曲家が変わってたこと。完全にそれでした。でもそれは良い意味で、同じテラスでも雰囲気が違うというのは気分によってどこで過ごすか変えられるということなので、何度来ても楽しめそうだと思いました!
そうして、数多の橋や芸術を超え……やっと……!目的のカフェにたどり着きました!マップでは1時間の予定でしたが、立ち止まりまくった結果、2時間と倍もかかってしまいました。
清澄白河にある『iki Roastery & Eatery』です。
入ると、倉庫をリノベーションした店内は縦に広く吹き抜けていて相当な開放感があります。私はアイスコーヒーとアーモンドチョコクロワッサンを注文しました。すると店員さんが「ナイフとフォークはお付けしますか?」と聞いてきました。
え……!??パン……ですよね!????
一瞬、聞き返しそうになりましたがここはお洒落なカフェです。ここでなら私もワンランク上の女性になれる気がして「もちろん。」と、ナイフとフォークでパンを食べました。2時間歩いた後に飲む冷たいコーヒーと、甘いクロワッサンは至高……でした……。エネルギーが体にブワアッと広がるのが分かるほどパワフルな美味しさでした。
今回のエッセイでは、川の流れに身を任せるように、本当にただ隅田川に沿って歩いてみました。それだけなのに隅田川は、色んな橋で、歴史で、芸術で、花や景観でもてなしてくれました。物がたくさんあって何でもすぐ手に入れられる時代に、こうして身一つで遊びに行くのは自分とたくさん喋れて、自分の好奇心に気付けて、良い機会になりました。みなさんもゴチャッとした日常に疲れたら、ぜひ一度「隅田川テラス」散歩してみてください!
文=アンゴラ村長(にゃんこスター)