男たちは豹変した

先に到着すると、10畳ほどの座敷にちゃぶ台が数個置かれた店内で、3人組の若者がニンテンドウ64の「スマブラ」をやっていた。店長から「後輩の若手芸人です」と紹介を受け、私も彼らに紹介されたが、3人組は興味なさそうに軽く会釈を返すとゲームを続けた。彼らを横目にひとりハイボールを飲んでいたら徐々に不安が生じてきた。仕切りのない狭い店だ。ポツンと端っこで座っている私は、後から来た女の子から場に馴染めてないダサい奴と見なされるのではないか。そう案じた私は「俺もスマブラやっていいですか?」といつにない積極性で話しかけた。しかし「ヤバイヤバイ! あっ! クソっ! やられた!」と無理してテンションを上げた私の言葉は宙に浮き、まるで友達の親がゲームに加わってきた時のような白けたムードが辺りに漂った。

気まずさに耐えきれなくなってきたころにやっと女の子が到着。その途端、先ほどまであんなに排他的だった男たちの態度が豹変し、「みんなでUNOやりましょ!」と場を回し出した。さらに想定外だったのは女の子が結構なお笑いファンで、芸人集団のうちのひとりを認識していたのだ。彼の持ちギャグに爆笑する女の子を見て、私はこの店に来たことを後悔した。

UNOをやっている間に場がどんどん親密になっていく。彼らは集団芸で場を掌握し、時折挟む私のコメントは全てスルー。状況を打開できないまま数時間がすぎた頃、店長が「ちょっと下行って看板しまってきて」と芸人のひとりに声をかけた。来た。閉店時間だ。このタイミングで女の子を連れてさっさと店を出よう。

そそくさと会計をすませようとした瞬間、再び不穏な盛り上がりを感じた。芸人たちが窓から顔を出し、「いやあるやん! そこ!」とはやし立てている。仕方なく私も覗き込むと、先ほど看板を片付けに出た男が「目の前の看板を見つけられず探し続ける人」というボケをしていた。彼はその後焼酎の瓶を鉄砲のように持ちキョロキョロしながら戻ってきて、「戦争はもう終わりましたか?」という一言で場を沸かせた。嫌な流れだった。

店長が「もういいわ! お前行ってきて!」と指名した次の芸人は、シャツを前後逆に着て「後ろ前逆さマンです」と言いながら戻ってきた。最悪だ。看板の片付けを振られた者がモノボケをしながら帰ってくる流れが出来上がっている。これではこっそり抜け出せないのはもちろん、いずれ自分も指名されてしまう。そしてこいつらは間違いなく、私のモノボケに対して協力的に笑ってくれないだろう。

しかし一縷の望みはあった。私は過去に大喜利大会でいいところまで行った経験がある。集中すれば、きっとこいつらより面白いことを思いつけるはずだ。一発逆転のアイデアを手繰り寄せろ。何か。

覚悟を決めたその時

酒を飲む手を震わせながら必死に案を練っている間に、残りの芸人や店長、さらには女の子までもが次々と指名され笑いを取った。残るはいよいよ私だけ。まだ思いついていないが、私ならきっとギリギリのところで起死回生のボケを出せるはず。やるしかない!

覚悟を決めたその時、「じゃあ2軒目みんなでカラオケ行こかー」と誰かが言った。「ええやん」「いこいこ」勝手に話が進む中、あろうことか女の子までが「行くー!」とノリノリの表情を見せた。私に出番が与えられないまま、いつの間にか看板は片付けられていた。

精神の限界を感じつつも女の子への未練を断ち切れなかった私は、集団の後についていった。危惧していた通り、カラオケでもモノマネの輪に入れず疎外感を味わった。

ようやく宴が終わったのは朝8時。この期に及んでもう一軒行こうなどと言っている芸人たちに帰る意思を告げ、女の子がこちらに来てくれるのを待ったが、彼女は「じゃあね〜」と言いながら集団と一緒に消えていった。家に帰る気力さえ残っていなかった私は、近くの漫喫でエロ動画を見ながら気を失うように眠ったのだった。

あれ以来、私は下北沢の若手芸人を敵だと見なし、ひいては下北沢という街に負のイメージを抱くようになった。しかしそれでもまだいい感じの女性に誘われたらホイホイ出向いてしまいそうなこの軽薄さこそ、災厄を引き寄せる原因なのかもしれない。

文=吉田靖直 撮影=鈴木愛子
『散歩の達人』2021年7月号より