吉祥寺『肉山』プロデュース。エビだから恵比寿にオープン
恵比寿駅から明治通りを渋谷駅方面へ10分ほど。通りの左側にはためく白いのれんには黒々と「海老かつ丼」と太く力強い文字で書かれている。のれんのわきには『海老山』の白い提灯がぶら下がっていて、店頭は透明のサッシ。そこからはお店の奥まで見通せるので、初めての方でも安心して入店できる。
店に入ると左手に4人掛けのテーブル。それ以外の席はすべてカウンターとなっている。白木の清潔感のあるカウンターが店の奥まで一気に伸び、右に折れて、そこも4~5人が座れる座席になっている。全14席。ここがお昼時ともなれば即座に満員になり、表に並べられた椅子にも入店を待つお客さんが列を作る。
店の壁には清々しいほどのシンプルなメニューが白木の短冊に並んでいる。人気のメニューはのれんを見ても一目瞭然、もちろん海老かつ丼である。1日100杯は出る超人気メニューだ。
今や人気店となった『海老山』が開店したのは2022年7月。そもそもなぜこの地に、それもユニークな海老かつ丼で勝負をかけたのか。店主の湯川孝則さんは柔和な語りでこんな風に教えてくれた。
「このお店は縁があって吉祥寺の有名店『肉山』の光山英明さんにプロデュースしてもらいました。光山さんも僕も海老が好きだったので、メインは海老! これはすぐに決まりました」。
場所選びも非常に分かりやすい。エビだから恵比寿。恵比寿から条件にあった場所を探し始めたところ、渋谷とのほぼ中間のこの地にお店を開業することになった。
サクサクエビフライの新感覚丼
さっそく注文。注文はもちろん大人気の海老かつ丼1200円。それに勇気を出してかつ追加350円、つまり追いかつも注文する。追いかつ。生まれて初めての体験である。
着丼。噂には聞いていたが、まさに海老がてんこ盛り。フタは開いた貝のように立てかけられている。海老のかつ7尾。それが折り重なるように山を形成している。これも生まれて初めて見る光景。海老は食べる前からサクサクの食感が伝わってくるような茶色い衣に身を包み、そこにタレがかけられ、脂とタレの甘辛い香りが食欲をそそる。
かつ丼というからにはたまご。一体それはどこに。試みにエビフライの一つを持ち上げてみると、下のご飯を覆いつくすように、ちょっととろみのついたたまごが一面に敷かれている。
いただきましょう、さっそく。
まずは海老をサクリ。予想以上のサクリ感。海老の旨味と甘みが衣と一体になって、口中を埋める。ちょっと甘みが勝ったタレがなんとも旨い。玉子とじにされていないその海老のサクサク感は、まさに海老フライ好きな人々の好みのど真ん中。しかもです、1尾食べてもまだ6尾。こんな幸せは洋食店では味わえない。
海老に感動しつつ、その下のたまごをご飯と一緒に掘削しいただく。タレとトロトロたまごとご飯。先ほどとは少し違う幸せな味が再び口中を支配する。そして海老をかじりつつ、再びたまごご飯。今度は3種が混じり、丼としての総力がまた感動させてくれる。
ご飯を掘削すると、底の方に、丼のふちを伝わっていったタレが濃く溜まる層がある。これも丼好きにはちょっと幸せ。
なんだこの丼。わかりやすすぎる人気の理由。ひたすらにおいしくて幸せ。本当によくぞ考えてくれました。
楽しみ方はいろいろ。
「うちの海老かつ丼は、かつ丼をこんな形で出す有名店があって、そこからヒントを得たものです。海老、たまご、それぞれの味が楽しめて、リピーターもとても多いです」と湯川さん。
そうそう、忘れてはいけない“かつ追加”。こちらはかつ丼に使うかつのアタマだけを提供するもの。それで値段が350円。1000円のかつ丼のアタマがたった350円。全く計算が合わないサービスである。ただし注文は丼を頼んだ方のみ。
サクリ。あー安心のとんかつの味。これもタレととても相性良し。
「男性のお客さんは、海老ととんかつを両方食べたいという方も多くて、結構注文が入りますね。それと、とろとろ卵をもっと贅沢に味わえる“卵追加”も人気です」と湯川さん。進めば進むほど幸せな世界が待っている。
場所は恵比寿にもかかわらず、お客さんの層はとても広いとのこと。それこそ老若男女が来店され、わざわざ遠方から来店する方も非常に多い。
お話を聞く湯川さんのお隣で、1日700匹使用する海老の殻をひたすらむいている店員の新倉さん(もちろん他のスタッフもやります!)。この方のおかげであのおいしい「海老かつ丼」がと思うと、その姿はなんとも美しく頼もしいものでした。ごちそうさまでした。
構成=アート・サプライ 取材・文・撮影=夏井誠