中野に君臨した“新生家系ラーメン”とは?
家系ファンの中には、オープン前から『箕輪家』の名前を知っていた人も少なくないだろう。2021年から、沖縄のイベントを皮切りに下北沢のイベントスペース『下北線路街 空き地キッチン』などに神出鬼没で現れる家系ラーメンの店が『箕輪家』だった。
そんなイベントのみ現れる“幻のラーメン店”が満を持して中野にオープン。
この店がオープンするまでには、長いストーリーがあった。
店主は、元自衛官という異色の経歴を持つ丸山紘平さん。ある日、編集者で実業家の箕輪厚介さんの生き方に感銘を受け、箕輪さんのトゥクトゥク運転手に就任。共に海外を旅しながら、さまざまな経験を積んでいった。
「家系ラーメンが大好きだった箕輪さんが、いつかラーメン店を出店したいと言っていたんです。そこで信頼できる店主として僕をお誘いしてくださっていたんですが、初めはなかなか決心が固まらず、何度かお断りしていました。でも、あるとき飲食店を出店するためカンボジアに渡ったときに事故に遭い、大怪我をして夢を絶たれました。これからどうしようか人生に悩んでいたとき、箕輪さんが背中を押してくださったことで、人生をかけて『箕輪家』の店主になることを決意しました」
そこからはイベント出展時に出会った、高田馬場にある博多ラーメンの名店『博多ラーメン でぶちゃん』の店主・甲斐康太さんのもとで修業を積み、豚骨スープの炊き方を伝授してもらう。さらに、中野の老舗製麺所『大成食品』に出会い特製麺を開発、クラウドファンディングの実施など、さまざまな人とのつながりに支えられ『箕輪家』のオープンへとたどり着いた。
店をオープンさせてからも「まずは、この店を地元に根付かせていきたい」と意気込む丸山さん。今後も、他店とのコラボレーションや海外進出など、夢は大きい。
豚骨のスペシャリストが伝授した秘伝のスープに、アレンジを加えた究極のスープ
『箕輪家』のスープは、『博多ラーメン でぶちゃん』で教わった豚骨スープにアレンジを加え、丸山さん自身の舌や信頼できるスタッフ、製麺所のプロの舌を借り理想の味へと極めていった。
イベント出展時は「スープの熟成の足りなさ」を課題に感じていたが、実店舗をオープンするにあたり研究を重ねて課題をクリアし、独自のスープが誕生した。
特徴は、強火でグツグツと煮込むのではなく旨味を逃さないよう、弱火でじっくりと火を入れ続けること。そこに少量ずつ豚骨を加えていくことで、旨味をギュッと閉じ込める。そうして出来上がったメインのスープに、サブスープである肉出汁スープを加えて掛け合わせることで、肉の旨味がグンと増すのだという。
最後は、鶏油とラード、2種類の脂を惜しみなく丼に投入!
こうして、脂たっぷりの箕輪家流スープが完成するのだ。
中毒性と優しさをあわせ持つ新しいラーメン
この日は、店のオープン前から研究を重ね続けられてきた看板メニュー、箕輪家ラーメンを注文してみた。麺の硬さや脂の量は、お好みでカスタマイズも可能だ。
ただでさえ濃厚なイメージの家系ラーメン、さらに惜しみなく脂を投入しているため、さぞかしパンチがあるんだろうと想像する。
「よくそう言われるんですが……ぜひ食べてみてください」と丸山さんはニッコリ。
一口スープを飲んでみて、思わず「あれ?」と口に出してしまいそうになる。たしかに濃厚なのだが、「脂っぽい」「重たい」といった印象は一切受けない。豚骨スープのまろやかな旨味の中に、昔ながらの醤油ラーメンのような、どこか懐かしく優しい味わいを感じる。たっぷりと脂を投入していたことが信じられないくらい、どうしてこんなにバランスよくおさまってしまうのか……不思議でならない。
「家系といえばガツンとした味わいを想像されるんですが、うちのラーメンは優しい味わいにしているので、女性やお年寄り、お子さんも食べてくださるんです」
たしかに家系ラーメンといえば、パンチのある味わいのラーメンが好きな方が好んで食べるイメージが強かったが、それが一気に覆された。
食べ進めるごとにクセになる中毒性を持ちながら、その一杯の中に誰でも親しみやすいマイルドさがある。
そこに、柔らかなチャーシューや香り豊かな海苔などの具材もアクセントに。
「なるほど、これが“新生”家系ラーメンか」と納得してしまう。
さらに特徴的なのが、トッピングの豊富さだ。家系ラーメンの人気店『王道家』の無限にんにくや刻みしょうがを始め、刻み玉ねぎやと豆板醤など、全部で8種類のトッピングが無料で楽しめる。また、店のいちおしのトッピングは、バター香る燻製オイル。少量スープに垂らすだけで、燻製の豊かな香りとバターのコクが加わり、味変にはベストなアイテムだ。これらの豊富なトッピングから、自分の定番を見つけるのも楽しそう。
店の看板を背負いながらも「僕が主役ではなく、師匠やスタッフ、お客さん、この店に関わる一人ひとりがみんな主役なんです」と語る丸山さん。
そんな『箕輪家』は、とにかくパワフルで温かい空気に包まれている。ラーメンを食べて店を出ると、お腹が満たされているだけではなく、元気をもらえていることに気がつくはずだ。オープンから絶え間なく人が集まり続けるのは、ラーメンの美味しさだけが理由ではないのかもしれない。
取材・文・撮影=稲垣恵美