誰もが知る大ヒットまでにはならなかったが、私は『名建築で昼食を』が大好きだ。まず、着眼点が素晴らしい。レトロ建築を舞台にドラマを仕上げるって難しいだろうが、そこへ昼食を入れてくるという複雑な面白さ。これを観て、私のレトロ建築好きに火が付いたことは間違いない。東京編、大阪編で止まっているが、ぜひとも、全国版の続編を作ってください、BSテレ東さん。
さて、名建築で昼食をならぬ、名建築で昼飲みをすべくやってきたのが人形町。あまり来ることがない街だが、銀座の都会と下町風情のいいところが融合した東京らしい街並みだ。
地下鉄の人形町駅を出て「甘酒横丁」すぐ、目的の昼飲み酒場があった。
出たっ、『来福亭』でございます! いや、正式には“西洋料理”が付くのか。西洋なんていうワード、間違いなくレトロ建築時代のものだろう。
調べてみると、創業明治37年(1904)という。いやいや、100年以上の歴史があるとは恐れ入りました。さっそく中へと入ると、2階へと通された。
トン、トン、トン……と靴下の裏に木製階段の軋みを感じながら上っていく。かなり狭いが、これがまたタマラナイ。なんだか、秘密基地に向かっている気分だ。
2階には六畳ほどの畳部屋がふたつ。半分は障子の窓、もう半分は床の間と押入れがある。これは……本当に“ただの家”としか言いようがない。
何がいいって、本当に“手を加えていない感”がすごいのだ。何度か改修はしているだろうが、よくぞこの令和の時代まで持ちこたえてくれたとうれしくなってくる。さあさあさあ、このレトロの極みともいえるたたずまいで、昼酒をいただこうじゃないかい。
願わくは、朱色の座卓にトンッと並べられた瓶ビールとグラスのカップル。あなたたちは、なんてこの舞台が似合うのでしょう。カポカポとグラスに麦汁を注ぎ、一気に飲み干す。
どくんっ……どくんっ……どくんっ……、おいしい、ですね……! 明治、大正、昭和、平成──同じようにこの畳に胡坐(あぐら)をかいて、同じように酒を飲んでいた人々がいると思うと胸が熱くなってくる。そんな思いを、今度は料理にぶつけてみようじゃないか。
「すいませーん!」と階段の一番上から1階の女将さんに呼びかける感じ、いいですねぇ。まるで、古い日曜ドラマのワンシーンにありそうだ。
少しして女将さんが1階から上がってくると、目の前には美しいカニサラダが置かれた。ははぁ、こういうタイプか! キュウリがメインの野菜は絞られてしっとりと、そこへカニ身がしっかり絡んでいる。
カリポリと歯触りがグッド、カニの小気味よい肉感がたまらない。
つづいてやってきたのがハンバーグだ。テリテリと光を乱反射させる照り焼き風が、なんともおいしそうだ。
小ぶりだがズッシリと重厚感、そこへ和風あっさりソースが抜群に旨い。ちょうど私のおばあちゃんが作ってくれたハンバーグに酷似していて、肉汁と共にキュンと懐かしさもあふれる。
そうそう、レトロ建築好きである私の夢は、こういうところにおじいちゃん、おばあちゃんを連れてくることだ。そこで、店の雰囲気に触発されたふたりの昔話を聞いてみたい。きっと、楽しいだろうな。残念ながら、唯一存命している父方のおばあちゃんは、中度の認知症で施設に入っているので、夢のまた夢だ。
そんなおばあちゃんの、かつての得意料理のひとつでもあったオムライスがやってきた。玉子の皮が、はち切れんばかりに膨れ上がったオムライスに、美しい光沢のデミグラスソースがとろり。完璧なビジュアルだ。
スプーンをインサート。パッカリと開いたオムレツの中には、ギッチリとチキンライスが詰まっている。洋食然としたケチャップの香りに辛抱たまらず、スプーンでガブリと食らいつく──うまぁぁぁぁい!! ギュッと押し寿司のようなチキンライスには、ケチャップの酸味と玉ねぎの甘みが凝縮。薄い玉子の皮がいいアクセントとなり、とても上品な仕上がりだ。
とてもシンプルだけれど、どこか上品で、どこか懐かしい。これもまた明治時代から変わらぬ味なのか……いや、この味だけは時代と共に進化し続けているに違いない。
良い、レトロ建築です。
最近よく見かける、リノベーションされた酒場や建物を残すこと自体は、まったくの大賛成だ。けれども、それだとどうしても魅力が落ちる……どこか今風で、どこかオシャレになってしまう。だからこそ、こんな、そのまんまのレトロ建築が愛おしいのである。
私の体もリノベーションが必要になる日が来る前に、できるだけこんな名建築で昼飲みを。
『来福亭(らいふくてい)』
住所: 東京都中央区日本橋人形町1-17-10
TEL: 03-3666-3895
営業時間: 11:30~14:00・17:00~21:00(土は昼営業のみ)
定休日: 日・祝
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取材・文・撮影=味論(酒場ナビ)