JR常磐線の常陸多賀駅から歩くこと20分。住宅街が突如、開けたかと思うと……
な・ん・だ、
こ・こ・は……!?
そこには、およそ現代の日本建築とは思えない“バラック群”があった。中央にある砂利の広場を囲うようにして、手作り感満載のトタンの建物の酒場が鬱蒼と並んでいる。“煌びやかな街”などは皆無、こんなのは初めてだ。この雰囲気、なんと表せばいいのだろう。
初心者には入りづらいなんてレベルではなく、そこに立っているだけで緊張すら覚える。しかし、ここまで来てここの酒場へ入らないわけにはいかない。少しでも入りやすそうな店をと、探し歩いていると……
謎のオジサンに案内されて店に連れられて行く……
「店ぇ、探してるのがぁ?」
ドキッ!! ある店の外から中の様子を伺っていると、突然、背後から茨城弁が聞こえた。振り向いてみると、見るからに酔っ払ったオジサンが立っていた。
「あ、あ、あの、そそそうですが……」
たじろいでいると、オジサンは「じゃあ、この店に入れ~」と言って、目の前の『めぐみ』という店の暖簾(のれん)を引いた。なんだ、この店のマスターなのか?……せっかくなので、そのまま店へ入ることにした。
中へ入ってみると、モノで埋まり半分以上が機能していないカウンター、小上がりが2つだけという小さな店内。小上がりのひとつでは2人のオジサンがゴキゲン状態だ。
「お客さん連れてきだよ~」
「おう、いらっしゃい」
マスターだと思っていたオジサンは店の2人にそう言うと、そのまま店の外へと出て行った。誰だったんだ、あのオジサン……。
「そこのテーブル、空いてんべ」
この2人もそうとう酔っ払っているようで、真っ赤な顔で私に席を勧める。カウンターの中や店の奥には人の気配がない。あっ、そうか、この2人のどちらかがマスターなのだろう。やっと理解した私は、小上がりへ座った。
「兄ちゃん、どっがら来たんだぁ?」
「東京です」
「へぇ、わざわざこんなところにかい?」
「はい! 来てみたかったんですよ」
席についてしばらく世間話をするが、一向に注文を聞いてこない。さすがに喉が渇いたので、こちらから催促してみる。
「すいません、酎ハイいただけますか?」
「ははは、俺らは店の人間じゃねぇよぉ」
えっ、この人たちも店の人じゃないの!? あれーっと、もう一度店内を見渡すが、やはり店員らしき姿はない。
「ママさん、もうすぐで帰ってくるべ」
「えっ、そうなんですか?」
どうやら店のママさんは外出中とのこと。しかし、なんともまぎらわしい。最初のオジサンやこの2人といい、なんというフリーダムな酒場なのだ。
待つこと数分。店の扉が開いた。
「ただいま~」
「ママさん、お客さん来てるよ」
貫禄のある店の“ママさん”が、キャリーバッグを引いて現れた。やっと、ここの主とご対面である。「買い物に行ってたんだぁ、ちょっと待ってれ」と言って、カウンターへ入っていく。ちょっと怖そうだが、のんびりした茨城弁がその迫力を多少は和らげてくれる。
やっとありつけた酎ハイを、グーッと飲み干す。プハァーと落ち着いたと思うと、カウンターのママさんが声を張る。「それ、アルコール40度あっがらな!」
うそ……!? と思いつつ、もう一度飲んでみるが特別キツイわけでもない。カウンターの中から笑い声が聞こえるので、おそらく冗談だったのだろう。ノリのいいママさんのようで、ホッとするのも束の間。
「すいません、料理を……」
「いま、適当に出すがら!」
料理を頼もうとすると一喝。素直に従うのが吉である。
まずはお通しとして出されたキムチとスイートコーン。お通しといえども、どちらもガッツリ量があってうれしい。実家に帰って居間で酒を飲みだすと、決まって母親がこんなのを出してくれることを思い出す。
続いてマグロ刺し身だ。サラダが“ツマ”代わりとはうれしいじゃないか。あえて大根ではなく、こんな家庭的なツマのほうが呑兵衛ハートをガッチリとキャッチするのだ。
「よーく噛んで食べなよ!」
「え、どうしてですか?」
「噛まなきゃ“そのまま”マグロが出てくっがら。アハハ!」
ママさんも多少酔っているのだろうか、だんだんと会話がお下品になってくる。上機嫌のママさんのカウンターからは、次々と料理が出される。もはや、コース料理のようだ。
揚げたてのフライの香りがすると、目の前に大きなアジフライが2尾。これは間違いなくおいしいやつだ。ソースをタラリとかけて、ひと口。カリッとした歯触りに、肉厚の身がたまらない。
ママさんコース料理の最後に出されたシメの煮物。鶏肉、大豆、さつま揚げ、ひじき、キノコと、これもまた量が多いのだが、あっさりとした味付けに人肌の温もりが印象的な一品。この豪快なママさんからは想像がつかない優しい料理に、思わず心が和む。
料理でおなかも心もいっぱいになった。
「ママさん、おいしかったですよ」
「そうかい。アタシの母親はね、こんなの作ってくれなかったんだ」
なにやら複雑な家庭環境だったようだが、その反動からママさんはとにかく客の腹を一杯にさせるように料理を出すのだという。「ここに来れば、痩せているお客さんは太って帰っていく」と冗談めかして言っていたが、今日の料理を見ていればあながち冗談でもなさそうだ。ひと段落したママさんが、カウンターからこちらに来て話を続ける。
何もない野原から始まった塙山キャバレーの歴史
塙山キャバレーは、何もない野原にたった1軒のバラックからはじまったという。それが最盛期には23軒もの店でにぎわい、現在でも14軒が残る。『めぐみ』もその中で40年以上つづく老舗酒場なのだ。全部は書けないが、その間もいろいろな人生経験を積んでいるというママさん。
飲んでいる最中にも、客を“バイト”と呼んでは買い物に行かせ、酒のおかわりも自分でサーバーから注がせたりするが、その豪快な性格の中にも、ここの煮物のように確かな“温もり”を感じるのだ。40年間という、長い時間を続けていられることがその証拠である。そんなママさんに、最後こんなことを聞いてみた。
「ママさんにも“怖い”ことってあるんですか?」
「なーんもない!」
ドッと、店内が笑いに包まれた。なんという説得力。何かに行き詰まったら、この酒場でのことを思い出そう。そして「そんなことよりね……」と、またママさんのお下品で、楽しい話がキャバレーの夜に響くのだ。
取材・文・撮影=味論(酒場ナビ)