1969年にオープンした日本最古のライブハウス
渋谷駅A0出口から徒歩3分。道玄坂を上っていくと右手に“しぶや百軒店(ひゃっけんだな)”入口が見えてくる。鳥居のようなゲートをくぐり道なりに進んでいくと、店にたどり着いた。ロック喫茶&バーでありライブハウスも併設する『B.Y.G』だ。隣には昭和元年に建てられた名曲喫茶ライオンがある。
1969年、まさに“ロック”な年にこの地で産声を上げた『B.Y.G』。地下1階から地上2階までの3フロアあり、地下1階のライブハウスは店長の山口英行さんいわく「日本で最古」、1階は喫茶、2階は多目的フロアとなっている。
経年で店内が琥珀色になったのは、タバコのヤニによるものだ。現在は全面禁煙だが、しっかりクリーニングしても染みついたタバコの香りがふんわりと香ってきた。そうそう、昔のライブハウスってこんな感じ! と、懐かしく思った。
山口さんの話を聞きながらいっぺんに気に入ってしまったこの店。当の山口さんも、この店に惹かれてしまったひとりだ。
「最初はふと店に入ったのがきっかけです。僕自身も当時はロックバンドをやっていたし、東京でもなかなかこういうところがなかったので魅力を感じました。中に入ってみてさらに雰囲気がいいなと。それで20歳ぐらいの頃この店でアルバイトを始め、長く勤めるうちに店長になりました、もう30年以上になりますかね」。ほかにもスタッフは数名いるが、山口さんはブッキングから厨房まで多岐に渡って担当している。
1階の喫茶はアメリカンロックを中心にした約1万枚のレコードやCDがあり、お酒やソフトドリンク、食事などを楽しみながら好きなアーティストと曲名を用紙に書いてリクエストすることができる。大きくて音質のいいスピーカーで好きな曲を聴ける幸せったら! 自宅にあるスピーカーやイヤホンでは伝わらないダイナミックな音を感じてほしい。
「1970年代のロックが多いんですけど、メインはボブ・ディラン、ニール・ヤングとか。ザ・バンドなんかもありますね。今はスマホがあるのでお客さんも詳しいですよ(笑)。昔バンドマンだった人が子供を連れてきたりとか、あとははっぴいえんどが好きになって、調べているうちにここにたどり着いた若者も多いですね」。こちらはノーチャージなので、コーヒーだけでリクエストし何時間もいる若者もいるそうだ。
最近はインバウンド効果で外国人客が全体の3分の1を占めることもある。「きっとこういうカントリー調の雰囲気が好きなんでしょうね」。山口さんはこう言って笑った。この心地よさは万国共通なのだ。
日本を代表するロッカーも好物のナポリタンと,昔ながらのクリームソーダ
平日は16時、日祝は15時からオープンし、ごくふつうのカフェとして利用できる。「音楽ツウじゃないし……」とか「お酒が飲めないと入れないんじゃないか……」という心配はなし。コーヒー1杯でもOKなのだ。
ピザやパスタ、ご飯ものなどがっつり食べられるメニューも充実しているので、オープン当初からあるというナポリタン、そして近頃若者からの人気が爆上がりというクリームソーダをオーダーした。
「ナポリタンはオープン直後から普通に食べに来る人もいますし、結構こってりしてるんで、深夜にシメのラーメン的な感じで頼む方も多いんですよ」と、山口さん。ほほう、それは期待大ですね。では、いただいてみましょう。
トマトの酸味は少なめで、すごくまろやかな味のナポリタン。「生クリームとかいろいろ隠し味が入ってます。ここでしょっちゅうライブをしていたシーナ&ロケッツの鮎川誠さんとか、はっぴぃえんど、はちみつぱいのみなさんも召し上がっていると思います」と話す山口さんを横目に、フォークでパスタを持ち上げながら食べ進めていく。分厚いベーコンにピーマンやタマネギの香味が相まって、 ガツンとパワフルなナポリタンだ。パスタは固めでこれまた良し。
ナポリタンをモグモグしながら、続いてクリームソーダもいただきます。昭和のリバイバルブームで20代のお客が増えているそうで、「これまで男8:女2くらいだったのに、今は6:4くらいになって。クリームソーダがよく出るんですよ」と山口さんも驚いている。
どうでもいいけど、バニラアイスを先に食べるか、はたまた溶かして飲むかは好みが分かれる。筆者は先に食べる派です。ああ、ナポリタンでまったりした口の中がさっぱりリセットされるなあ。
今もここでロッカーたちの熱いステージが繰り広げられている
もぎりの近くの柱に1970年ごろのフライヤーが飾ってあった。筆者はまだ生まれていない頃のものだが、頭脳警察に友部正人、高田渡、はっぴいえんど、はちみつぱいなど知っている名前もあった。
壁一面にBYGのステージに立ったアーティストの名前がびっしりと書かれているのを見れば、その華やかな歴史と確かな実績を感じることができる。頭脳警察やBEGINは今もここでライブをしているのだとか。
実は1973年に1度ライブハウスをクローズしている。その理由は「オーナーは、はっぴいえんどやはちみつぱいのような力を注ぎたいと思えるバンドがいなくなったからと言ってました」と山口さん。
その間約30年はライブハウスを貸スタジオとして営業していた。「2000年に入ってオーナーがBEGINのブルースに心を動かされ、またライブハウスを再開するようになったんです」。そこから再びライブハウスとして息を吹き返した。
そもそも、しぶや百軒店は古くからエンタメ発信基地であった。今もライブハウスやクラブ、映画館などがひしめくエリアだ。『B.Y.G』はそのなかでも日本のロックシーンに欠かせない聖地である。
そんな場所で気軽に食事やお酒が楽しめるのだ。ちなみに1階が満席になったら2階や地下の客席も使えるし、貸切も可能だそう(貸切にすると1階は60名、全館で100名程度)。
サブスクで音楽を手軽に聴ける時代になったけど、ライブに勝るものはなし。次は歴史的ライブハウスでアツいステージを見てみたい。
構成=アート・サプライ 取材・文・撮影=パンチ広沢