いつもの街はアロエだらけだった

室外機と樽に囲まれ、暴れるようなアロエ。
室外機と樽に囲まれ、暴れるようなアロエ。

街を歩けば一つや二つ、必ずと言っていいほど出合えるのが、アロエの鉢植えだ。棘のある多肉質の葉を四方に広げる、どこかやんちゃな見た目だが、「医者いらず」の別名もあり、昔からやけど薬や胃薬といった民間療法にも用いられてきた。日本人にはなじみ深い植物の一つでもある。

さや蛙さんは10年以上に渡り、路上に生きるアロエを記録し続けている。

 

「最初のきっかけは、2009年に参加した写真家・大山顕さんのワークショップです。自動販売機のゴミ箱や庭先のホースなど、参加者それぞれが自分のテーマを設けて、街歩きしながら一つのものを撮り続けるという会でした。

テーマを探しながら歩いている時に、しなびたアロエにふと目が留まって、なんとなく写真を撮ったんです。歩いていくうちに、アロエの鉢植えって意外に色んな所にあるんだなと、気づいたらアロエばかり撮るように。すっかりそのワークショップでの私のテーマは『アロエ』になってしまいました」

最初に目が留まった、しなびたアロエ。
最初に目が留まった、しなびたアロエ。

その会自体おもしろかったんですが、本当におもしろかったのが、実は帰り道で。会場からバスに乗って最寄りのバス停で降りた時、なんと目の前にアロエがいたんです。紐でくくられた結構インパクトのある見た目のアロエで、普段使うバス停なのにそれまでは全然存在に気づいていなかった。いつもの街の見え方がガラッと変わりました」

ワークショップの帰り道、いつものバス停にいたアロエ。
ワークショップの帰り道、いつものバス停にいたアロエ。

当時、深川エリアにお住まいだったさや蛙さん。いつもの街は、ひとたび“見える”ようになると、実はアロエの宝庫だった。

 

「あのへんって下町で、路上に鉢植えがいっぱい置いてあるようなところで。ワークショップの次の日がちょうど休みだったので近所を歩いてみたら、アロエだらけでした。

そこからアロエを見かけるたびに写真に撮るようになり、気づいたら13年経っていましたね」

「強く図太くたくましく」

雑居ビル屋上で、開花したアロエの花がアンテナのように上を向く。
雑居ビル屋上で、開花したアロエの花がアンテナのように上を向く。

家庭の園芸ではおなじみの植物・アロエ。花言葉である「健康」を体現するように、丈夫だし株分けで殖やしやすい。さや蛙さんが惹かれるのは、アロエの生命力あふれる姿だという。

 

「都会の鉢植えは、ある意味自然から切り離された存在。特に路上に置かれた鉢は、割と雑に扱われることもあるんですが、アロエはそんなのお構いなしにマイペースに繁っています。そういう生命力あふれる姿に、一番惹かれますね」

土がほとんどなさそうな路上の一角でも立派に成長。
土がほとんどなさそうな路上の一角でも立派に成長。

今ではアロエに魅力を感じるさや蛙さんだが、アロエを好きと思えるようになったのは、意外にも最近のことだそう。

 

「“そこにアロエがあるから撮る”ぐらいの感じで撮り続けてきましたが、撮り始めて10年ほど経った頃ふと、『10年も続けているということは、もしかしたら好きなのかもしれない』と思ったんです。それまで撮りためた写真をインスタグラムに載せたり、ZINEやグッズをつくってイベントに出展したりしました。

その後、コロナ禍で健康について考える機会が増えると、アロエの生命力にますます惹かれ、アロエのように『強く図太くたくましく』生きたいと思うようになりました」

アロエのいる風景を記録する

路地の一角、生き物めいたアロエたち。
路地の一角、生き物めいたアロエたち。

「強く図太くたくましく」、その言葉を表すかのように、さや蛙さんが撮るアロエを見ているとアロエたちが躍動感あふれる生き物に思えてくる。鑑賞時に大切にしていることを伺ってみた。

 

街中なので失礼や迷惑のないように、というのは大前提として、そこで生きているアロエをちょっと眺めさせていただく、というスタンスで撮っています。

撮影時は、アロエだけでなく、周囲の道路などの様子も含めた“アロエのいる風景”を撮っていますね。

インスタグラムに投稿するときは、『こういう見方がある』と伝わったらいいなと思って、コメントを添えるようにしています。英語のキャプションをつけて投稿していたら、意外と海外の方がおもしろがってくれて。海外の方から見ると、東京の街並み自体がおもしろいようです。『東京ってこんなにアロエがあるんだね』というコメントが付いたこともありました」

「アロエを単なるモノというよりは“生き物”として見ているので、それをコメントでも表しています。

長年見続けていると、なんとなくアロエが友達みたいに思えてきましたね。“近所のアロエはだいたい友達”です(笑)」

ヒヤシンスと仲間のように肩を並べるアロエ。
ヒヤシンスと仲間のように肩を並べるアロエ。

アロエが置かれたシチュエーションも一緒に鑑賞すると、その悲喜こもごもな佇まいが味わい深い。

 

「酒場やお蕎麦屋さんの前に、小さなアロエがちょこんと置かれていると、看板娘みたいでかわいいんです。一方で、鉢が割れて土と根っこがむき出しのまま、雑に扱われているものもあります。工事に伴ってごっそり刈られてしまった地植えのアロエが、3年経つとワサワサと繁っていたり……こういうのを見るとドラマを感じますね」

根っこがむき出し状態でも力強く繁る。
根っこがむき出し状態でも力強く繁る。

街角のいたるところに出没するアロエは、周囲を彩る種々の名脇役も見どころだ。

 

「アロエの脇役では、室外機が好きですね。室外機の上には、小さめの鉢が置かれがちです。一方で室外機の排気が直撃したスパルタ環境のアロエも……。いずれにしても室外機は、鉢を置きやすい場所なんでしょうね」

室外機前のアロエには、排気が直撃か……。
室外機前のアロエには、排気が直撃か……。

「また鉢も注目ポイントです。発泡スチロールのトロ箱はおなじみですが、珍しいケースでは、スーパーのレジかごや灯油タンクに植えられていたことも。鉢が余ったから重ねたのか、鉢の上に鉢が乗った“鉢オン鉢”もよく見かけますね。アロエが生えているのに、その上にさらに別の鉢が置かれていたこともありました(笑)」

カットした灯油タンクに植えられたアロエ。
カットした灯油タンクに植えられたアロエ。

おすすめのアロエ鑑賞スポットは深川

深川は味のあるアロエの宝庫。
深川は味のあるアロエの宝庫。

最後に、これからアロエ鑑賞を楽しんでみたいという人に向けて、おすすめの街歩きコースを教えていただいた。

 

「やっぱり深川エリアが楽しいです。下町で戸建てが密集しているので、路上に鉢植えがたくさんあります。また海が近く都内でも比較的暖かいせいか、地植えで元気なアロエもいっぱい見られます。

おすすめは、清澄白河駅から深川資料館通りを通って、東京都現代美術館に向かうコースです。資料館通り沿いでは、地植えや鉢植えのいいアロエがたくさん鑑賞できます。

珈琲店をはじめおしゃれなお店も多く、散歩自体が楽しいエリアですね。7月〜9月にかけてかかしコンクールを開催していて、大きなかかしとアロエのコラボも楽しめます」

かかしコンクールの個性豊かなかかしが、アロエを見守る。
かかしコンクールの個性豊かなかかしが、アロエを見守る。

人の暮らしに密着し、時に民間療法に役立てられることもあるアロエ。アロエを見ていると、おのずと人の気配や生活が垣間見えてくる。

その背後を想像してみると、また味わい深さが増す。

 

「下の方だけ葉が刈られ上の部分だけヤシの木のように残っていたりと、独特な形をしたアロエを見ると、『やけどの治療に使ったのかな』など、なぜそういう形になっちゃったのかを想像する楽しさもあります。

バラの鉢植えのように丹念に手をかけて育てられている植物とは、また扱われ方が違いますよね。

お手持ちのスマホなどで撮ってあとで見返してみると、その時気づかなかった意外な発見ができるかもしれません」

ヤシの木みたいなアロエ。
ヤシの木みたいなアロエ。

「今まで最北端では、気仙沼で見たことがありました。地域差もあるとは思いますが、『うちの街にアロエはないだろう』と思っていても、案外いるかもしれません。

まあ、万人が楽しめる趣味だとは思っていないので、気になったらどうぞ、という感じですね」

 

もともとはアフリカ原産のアロエ。それが遠く離れた日本で、ポピュラーな植物としてみんなに愛されながら、過酷な路上環境をたくましく生き抜いている。

繁っては刈られ、再び大きく成長し……「強く図太くたくましく」生き続ける路上のアロエたちの悲喜こもごもを、さや蛙さんは今日も愛ある目線で見守り続けている。

 

取材・構成=村田あやこ
※記事内の写真はすべてさや蛙さん提供