民話「江ノ島と龍口山」

鎌倉の深沢には湖があり、そこに五つの頭を持った五頭龍が住んでいました。

五頭龍は山を荒らしたり洪水を起こしたりする悪い龍で、深沢村の村人は五頭龍の機嫌を損ねないため、人身御供(いけにえ)として泣く泣く子供を差し出していました。五頭龍が子供をひとのみしては湖に帰っていく道を村人が「子死越(こしごえ)」と呼んで恐れていたといいます。これがのちに「腰越」の地名の由来となったそうです。

ある時、大地震とともに江ノ島が隆起し、天から弁財天が現れて江ノ島に降り立ちました。

五頭龍は弁財天に一目惚れ。すぐに弁財天に結婚を申し込むも、「あなた、これまで深沢村で悪いことをしていたわよね。そんな方とは結婚できません」とフラれてしまいます。五頭龍はかなりのショックを受けました。

かなりのショックを受けた五頭龍ですが、そこでめげることはありません。

翌日改めて弁財天に会いに行き、これまでの悪行を悔い、改心を誓います。弁財天はそれを受け入れたそうで、二人は晴れて夫婦となりました。その後、誓い通り改心した五頭龍は、これまでの悪事を悔い、村人に尽くしたそうです。

それから長い年月が経ち、五頭龍は自らの命が尽きる時が近づいてきているのを悟りました。

彼は最期に「これからは山となり、この地を守りたい」と言い残し、永遠の眠りについたそうです。現在、五頭龍は鎌倉市腰越・龍口明神社に祀られています。

フィールドワーク①湘南深沢駅と龍口明神社

まず、この民話の冒頭に登場する、五頭龍の被害を受けていた「深沢村」について。

深沢村は1948年に鎌倉市に編入されたため、現在は存在しない村名だそうです。編入以降は地名からもその名前は消滅し、現在はバス停や駅名にその名前が残るだけだといいます。

調べてみると、湘南モノレールには確かに「湘南深沢」という駅名がありました。

さっそく現在の深沢村周辺の様子を見るため、大船駅から湘南モノレールに乗って湘南深沢駅を訪れてみることにしました。

サッカーが行われている広場は、地域に根ざした『みんなの鳩サブレースタジアム』。誰でも借りることが可能なレンタルグラウンドのようです。

しばらく周辺を散策してみましたが、モノレールの下を通る道路(大船西鎌倉線)から一本それると交通量も少なく、本当に静かな住宅地でした。民話に登場する深沢村へ抱いていた悲しい気配や薄暗さは微塵も感じられません。

湘南深沢駅に戻り、次は五頭龍が祀られている龍口明神社(りゅうこうみょうじんじゃ)へ向かいます。

湘南モノレールの西鎌倉駅で下車。駅のすぐそばにある坂をのぼり、6分ほどで龍口明神社に到着です。のぼってきた坂道を振り返ると、改めてここが小さな山であることを実感します。

こちらが龍口明神社です。

民話に登場する五頭龍は「五頭龍大明神」としてブロンズ像や五頭龍図になり、神社の敷地内に祀られています。

龍口明神社は、五頭龍が死んで山になった後、腰越の村人たちが龍口山の「龍の口」にあたる場所に社を建て、「白髭明神(しらひげみょうじん)」と呼び祀ったことが発祥とされています。

その後、1978年に龍口山「龍の胴」の部分である現在の場所に移動しました。

五頭龍大明神の御神体は約30cmの木彫りの像。毎年四月吉日には龍神祭が行われているそう。

この龍口明神社は、五頭龍の妻である弁財天の江島神社と夫婦神社とされており、冒頭の民話をきっかけに訪れる人も多いようです。

 

この写真は、西鎌倉駅に戻る坂道の途中、山の岩肌が見えるところでなんとなく立ち止まって撮影した一枚。

悪事をはたらき続け、恋をし、これまでの自分を悔い、死後も山となってこの地を守っているであろう五頭龍。少しだけ思いをはせて、現実と伝説が混ざっていく不思議な感覚を味わいました。

フィールドワーク②江島弁財天を訪ねて

西鎌倉駅から湘南モノレールで片瀬江ノ島駅まで。ようやく江ノ島にやってきました!

江島神社周辺には龍がモチーフとなっているものが多く存在するのですが、これは何故でしょうか。

気になったので帰宅してから江島弁財天について調べてみると、「水神」というキーワードが出てきました。それだけではピンとくることはなく、さらに調べてみると「水神の神使は龍や蛇である」とされていることが判明。

つまり、江島神社に祀られている弁財天が水の神であることから、水神の神の使いである龍のモチーフが多く使用されているということです。

また、江ノ島という土地には古くから龍神信仰があったことも理由のひとつであると考えます。

難解な話はさておき。江島神社に到着です。

土曜日の午後ということもあり、参拝客が途切れることなく訪れて賑わっていました。

ここから江ノ島エスカー(エスカレーター)には頼らず、自力で階段をのぼっていきます。

江島弁財天を祀る八角形のお堂「弁天堂」は、島のいちばん手前、江ノ島北方にある辺津宮(へつみや)の境内にあります。

拝観料は大人200円。内部は撮影不可でしたが、日本三大弁財天である「妙音弁財天(みょうおんべんざいてん)」と勝運守護の「八臂弁財天(はっぴべんざいてん)」が公開されていて、ガラス越しではあるものの、間近で見ることができました。その姿からは、美しさと勇ましさ、女性の柔らかさと強さを感じとることができます。

なお、冒頭の民話「江ノ島と龍口山」が記されている「江島縁起絵巻」の複製も、宝物として弁天堂にて公開されています。

調査を終えて

今回ご紹介した「江ノ島と龍口山」は、龍と女神という人間ではない存在の登場人物が織りなす物語ですが、そこに描かれているのは普遍的な感情です。恋をすること、恋によって自分が変化していくこと……。愛する人や大切な場所を見守りたいという気持ち……。

ちょっと人間臭い五頭龍や、厳しくも寛大な江島弁財天。彼らの物語を辿るうちに、自分も自分にとって大切な人や場所を大切にしていこうと思いました。

その土地で語り継がれる民話や伝説について調べ、実際にその地を訪れてみる。そういうふうに歩いて見つめてみるという行為は、いま自分が息をしている現代からはるか昔とを繋いで、本当と本当ではないことがまざり合う場所に行くことだと感じています。

参考文献
「神奈川県の民話と伝説 上・下巻」萩坂 昇

参考サイト
江島神社 http://enoshimajinja.or.jp/
龍口明神社 https://gozuryu.com/
湘南モノレール株式会社 https://www.shonan-monorail.co.jp/
藤沢市観光公式ホームページ「天女と五頭竜」https://www.fujisawa-kanko.jp/feature/tennyotogozuryu-tunen.html

 

取材・文・撮影=望月柚花