母娘で営んでいたカフェを引き継ぎ、再スタート
昭和13年(1938)に開業した『カヤバ珈琲』はもともと母娘でお店を切り盛りしていたという。建物自体は大正初期に建てられ、この地で長らく喫茶店を経営してきた。2006年に先代が亡くなり、惜しまれつつも閉店。
地域にとって大切な場所を絶やしたくないと、2009年、NPO団体を中心に復活し、2018年ごろからこの『カヤバ珈琲』の運営を任されているのがマネージャーの成瀬真理子さんだ。
「私の中では、この『カヤバ珈琲』で働くのは挑戦のような気持ちでしたが、たくさんのお客様に支えてもらいながら3年、やっと慣れてきたところです」と笑顔をみせる。
メニューも一新! ゆったりと流れる時間を楽しむ空間へとリニューアル
この建物は、外観からもその歴史をうかがい知ることができるが、内装もほぼ当時のまま。入り口にあるドアガラスやレンガのカウンターは、戦争や震災の被害を逃れ現代にまで受け継がれている。
現在は客席として使われているが、もともと2階は住居として使われていたそう。靴を脱ぎ、昔ながらの急な階段を登ると、畳の上にちゃぶ台と座布団が並び、奥には床の間がある。
「お店を出るときには雨戸を閉めていくので、朝の開店準備で2階の窓を開けると気持ち良い風が入ってきて心も体もリセットされるんですよ」と、成瀬さん。天気のよい日は心地よい風が抜ける2階。窓側席が人気のようだ。
2020年3〜5月に行われた修繕工事で、お店の代名詞とも呼ばれていたガラス天井はなくなった。
「コロナ禍ということもあり、キッチン周りを中心に修繕工事を行いました。人気のガラス天井をなくしましたが、ゆっくりこの建物の歴史や心地よさを味わってもらうため、そしてこれからもカヤバ珈琲を続けていくため、ブラッシュアップすることに決めました。定番で一番人気の“たまごサンド”もこれまでの食パンスタイルからサワードウ(※)スタイルへさらに美味しくリニューアルしました」
※サワードウ……独特な酸味があるパン。中心部はふわっと、ミミ部分はパリパリ&もっちりとした食感が楽しめる。挟んである卵との相性も120%!
温故知新の心を忘れず、カヤバ珈琲をさらに次の世代へ
お店の定番メニューを一新するのは大きな覚悟が必要だったはず。しかし、サクッと手軽に食べられるようなメニューを提供してお店の回転率を上げる……というのは、『カヤバ珈琲』らしさではなかった。
「お客様には時間を忘れてのんびりゆったりとした時間を過ごして欲しいですね。そのためには私たちの努力が何よりも大事だし、温故知新の気持ちを忘れずにいたいです。本当に素敵な建物をお借りできているので」と、成瀬さん。世の中が落ち着いてきたら、この地域を盛り上げるようなイベントもやってみたいと語ってくれた。
季節とともに変わりゆく谷中の景色や風の香りを感じながら、心とお腹を満たしてくれる食事とコーヒーをすべてのお客様に楽しんでもらいたい……。そんな想いが今回のリニューアル、そして時代のニーズと重なった。
2020年以前は、欧米の外国人観光客やフォトジェニックを求めて若い女性たちで賑わっていたが、現在は「居心地のよさ」を求めてやってくる老若男女が集い、さらなる進化を遂げている。
モーニングを楽しむ若者、お昼時にはサラリーマン、お墓参りのついでに必ず立ち寄ってくれるご婦人、毎日のルーティンとして立ち寄ってくれる常連さん……大正・昭和・平成・令和と4つの時代の変化に対応しながら進化しつつも、大事な“『カヤバ珈琲』らしさ”を残してきたからこそ、いつの時代の人々にも愛され、生き残っているのだ。これはまさに温故知新の精神。慌ただしい毎日で忘れてしまいそうなひとときを、ここなら思い出せるはずだ。
取材・文・撮影=つるたちかこ