②天政 (三軒茶屋)
ほていやさんから駅に向かって数分、総菜屋の天政さんがあります。天ぷらや揚げ物が安価でめちゃくちゃ美味い。お父さんとお母さんとお姉さんで営業されています。
ほていやさんと天政さんと、茶沢通りにあるカフェのニコラは火曜日がお休みのため、三茶に住んでいた頃は火曜日が怖かった。「どうかきょう一日、餓死しませんように……!」と手を合わせたものです。同じく近所に住むライターの碇本学くんも同じことを言っていたので、あながち大袈裟ではありません。
一時期、お店のお母さんが事故に遭い、天政が長く休みの時期があって途方に暮れました。いまではみなさんお元気です。酷暑のときはフライヤーの前はとんでもない暑さでしょうから、お父さんおからだに気をつけて。
いまも三茶に寄ると絶対買い食いします。最高のお店。
③中島屋精肉店 (野方)
町の商店街にある庶民的なお店が大好きです。家族経営のお店には安らぎます。僕の家は肉屋で、子供の頃から手伝ってきましたが、お客さんから「いいわね、お家のみんなでやって」と言われると、「ふざけるなバカ」と思っていました。なのにいま、中島屋精肉店を訪れると、むかしの自分の家族を重ねて、在りし日の光景を思い出します。
こちらもほていやレベルでみなさんいい方たち。かつて10年間住んだ野方ですが、いまもたまに顔を出すと、いつも笑顔で迎えてくれます。おかあさんが元銀行員なところがうちと一緒なのに、どうしてここまで幸せと不幸せを分かつのか考えてしまいます。
おすすめはメンチカツ。ここ以上に美味しいメンチカツを知りません。
④サンモリッツ名花堂 (麻布十番)
僕の理想を具現化したパン屋さんです。京都は47都道府県でパンの消費量が日本一で、住んでいた頃は近所のパン屋を行脚したものです。
でも僕は「フランスの味を直輸入」みたいな、ヴィエノワズリーとかエラブルアナナスとか名前を聞いてもピンと来ないパンは全然好きになれません。やっぱりカツサンドとかメンチカツパンとか、名前が書いてなくても、見ただけで甘いかしょっぱいかわかるようなパンでなければダメってなものです。
こちらのお店を見つけたのは最近ですが50種類ぐらいある全パンを制覇しました。いつ行ってもお母さんふたりの笑顔が眩まぶしいです。戦後からお店をやられているとか。
あ、このお店で偶然、テレビの制作会社ハウフルスのディレクターの方をお見かけしたので声をかけました(「タモリ倶楽部」の空耳アワーのVによく出ていたのですぐにわかった)。いつぞやこの連載で書いた「人生で大事な町はすべてアド街から教わった」の回(『散歩の達人』2017 年9月号vol.15)を会社に貼ってくれているそうです。よかったよかった。
⑤こづち (恵比寿)
恵比寿でいちばん食べてる定食屋さん。昭和の風景そのままの店内とL 字形の木のカウンター。断言できます。このお店がなくなったら、恵比寿はランチ難民が溢れるでしょう。
厨房の中はいつも磯野家かと思うほど人が多く、行くたび若干のメンバーチェンジがあるため、いまひとつ人間関係が把握できていないのですが、お客の注文を読み上げるお姉さんがいちばんエラいことは、店に初めて足を踏み入れた人でも瞬時にわかるでしょう。
おすすめというより、僕がいちばん食べているのは牛バラ炒め定食。他にも肉豆腐、ハンバーグ、チャーハンも大好きです。
ああ、まだまだあるけどスペースが足りない。他にも「町の良心」とも言うべきお店は、
・とりかつチキン (神泉)
揚げ物の定食屋さん。おばあちゃん3人がきょうも働いています。たまにおじさんもいます。
・坂本屋 (西荻窪)
町中華。ここのカツ丼を食べたことがないというあなた! あなたはまだカツ丼を食べたことがない(断言)。
・魚初 (吉祥寺)*閉店
魚が新鮮で美味いのはもちろん、芋の煮物や南蛮漬けなど総菜も激ウマ。吉祥寺に住んでいたら、このお店以外で魚は買わないと思う。
お洒落とは真逆で、お店の人が汗水流して働いて優しく、そして何より美味しい。こういうお店の常連でありたいです。
文=樋口毅宏 イラスト=サカモトトシカズ
『散歩の達人』2019年1月号より