お話を聞いたのは……小池伸介さん
東京農工大学大学院教授。博士(農学)。主な研究対象は、森林生態系における植物と動物の生物間相互作用、ツキノワグマの生物学。「日本クマネットワーク」副代表。
近著の『ツキノワグマのすべて』は、生態がよくわかる貴重な写真満載の一冊。

クマ基礎情報

絵本や童話にほのぼの描かれる、大きくてかわいい存在。世界に8種類、日本には北海道のヒグマ、本州・四国のツキノワグマと2種類が生息。関東山地東端に位置する東京都の奥多摩〜高尾、神奈川県の丹沢山地でも、胸に白い三日月の模様があるツキノワグマが暮らしている。

フィールドワークを続ける小池伸介さんによると、「模様がない真っ黒なのもいますよ」。成獣で身長約1m、体重40〜120㎏。昼行性で、行動範囲が広大で、走れば速く、木登りも得意だ。秋には好物のドングリをたくさん食べて冬眠し、メスはこの間に出産する。冬眠中でもこもる穴が気に入らないと移動するし、まだ寒い2、3月に活動を始める、気の早いクマもいる。冬に生まれた子グマは、おおむね2度目の夏まで母クマと過ごし、その後単独で生きる。野生での寿命は15〜20年ほどだ。

最近の生息状況

2020年度(1月時点)の山での目撃数(痕跡と撮影を除く)は、『都立奥多摩ビジターセンター』がホームページで発信する「ツキノワグマ情報」によると、67件。神奈川県の発表(神奈川県内のツキノワグマ目撃等情報)では丹沢山地を中心に41件。クマらしき動物も含むが、意外に多い印象だ。

「裏高尾での目撃もあり、登山者数が世界一と言われる高尾山だっていつ出てもおかしくない状況です」。じわじわと行動範囲を広げている理由は、山や森と人里の境界「中山間(ちゅうさんかん)地域」に人の営みがなくなったから。耕作放棄地が、再び森のようになり、クマの心境としては、〔人がいないし、おいしそうな柿もたわわ。ちょっと下りてみようかな〕といったところだろう。「人より動物が元気という状況が、今、日本中で起きているんです」。箱根エリアにもクマが復活して、今後、伊豆半島でも復活するかもしれない。

遭遇しないために

「山は、そもそもクマがいるところ。そこに人が入っていくのです」。この認識をしっかりと持ちたい。その上で、まずは目指す山にクマが生息するかどうか、「日本クマネットワーク(JBN)」のホームページにある報告書で、生息分布を確認したい。前述の『奥多摩ビジターセンター』などで最新情報を入手するのも大切だ。

山に一歩入れば、自分の存在をアピールしながら歩こう。聴覚と嗅覚がすぐれたクマは、鈴やラジオの音、話し声で人の存在をキャッチすると、先に立ち去ってくれる。歌ったり手を叩いたり、とにかく音を発するべし。しかし、沢の近くや雨の日、見通しの悪い藪(やぶ)の中は要注意。音が水音や風に流されてクマに届かなくなるのだ。「クマはとても臆病で、人と遭いたくないと思っています。鉢合わせはクマにとっても、まさかの事態なのです」

もしもの場合は?

落ち着いて状況をみる。存在に気付いていないなら、目を合わせず、動かない。クマとの間に木があれば、視界に入らぬよう身を隠そう。大声を出して驚かさないなどNG行動はあるが、 「絶対に有効」の技は皆無。親子連れは、親が子を守ろうとするので特に注意を。

撃退グッズでは、唐辛子成分入りスプレーは有能だが、接近噴射が必須で、風下では逆に浴びてしまう。非常事態は生き延びるため首を死守。いや、遭遇回避こそが、人の歩むべき道なのだ。

取材・文=松井一恵(teamまめ) イラスト=オギリマサホ
『散歩の達人』2021年3月号より