ハードパンに賭ける。地元宮城での挑戦
宮城県仙台に、本格的な天然酵母のパン屋がある。その名は『Bakery and café 3110(サイトウ)』。JR仙台駅から約9km、“愛の鐘通り”と呼ばれる通り沿いの住宅街にある。白壁と木の看板というナチュラルな外観に、温かみのある木の壁やずらりとかけられたオーナー私物のギターが目を引く店内は、どこか懐かしさと親しみやすさを感じる。
メゾンカイザーで10年シェフを務めたオーナーシェフの齋藤さんが「ハードパンをよりカジュアルに味わってほしい」という想いで、2019年に地元仙台でオープンしたお店だ。店名に名前を入れたのは、パンを焼くということの責任を自分に課しているからだという。
もっとカジュアルにハードパンを食べてほしい
「固いパンっていうのはイメージなんです。」
住宅街に位置する『Bakery and café 3110(サイトウ)』には、ご年配の方や主婦のお客さんが多く、「バケットって固いんでしょ?」と聞かれることがよくあるそう。ただ、本当にカンパーニュやバゲットは固いのだろうか。「きっと煎餅のようには固くはないし、イメージより食べやすいと思うんです」と齋藤さん。その“固い”という誤解を解くために、斉藤さんは焼き直し方を伝えたり、試食をしてもらったりなどお客様との密なコミュニケーションを続けている。
例えば敬遠される理由として、バゲットを買って次の日の朝、温め直さずにそのまま食べたらパサパサだった、ということもあるそうだ。だからこそ、「こういう食べ方もあるんだよ」と丁寧に焼き直し方を伝える接客に、ハードパンを日常でカジュアルに食べてもらいたいという齋藤さんの強い想いがあらわれている。
小麦粉のおいしさを引き出す、「天然酵母、低温熟成発酵」
お店のコンセプトに“カジュアルに”というのがある以上、「値段もカジュアル、というところにもこだわりを持ちたかった」と齋藤さん。実は、『Bakery and café 3110(サイトウ)』で使用している小麦粉は、特別なものや高価なものではない。比較的手に入りやすい粉をいかにグレード以上のポテンシャルに引き上げるかは、つまり斉藤さんの技術にかかっている。
お店のこだわりである「天然酵母、低温熟成発酵」はその技術のひとつ。高校を卒業してすぐパン屋に入ったという、いわゆるパン屋20年選手の齋藤さんの「じゃあ酵母はこれにしよう」「発酵する時間はこれくらいにしよう」という知識と経験の集約が、「天然酵母、低温熟成発酵」という形だった。
シェフの経験値が高い分、アイデアの引き出しや手数は多い。その技術こそが、本格的なハードパンを“カジュアル”にするカギなのだ。
メゾンカイザーのシェフが、独立した理由
そもそもオーナーシェフの齋藤さんは、なぜパン屋の道に進んだのだろうか?齋藤さんは18歳から料理の道に進み、ホテルのフレンチレストランに就職が決まるものの、研修のときにパン作りに魅了され、内定を蹴って突然パン屋に就職。そこからパンの道ひと筋だという。
「僕はこんな人間というのを外に出したいんですよね。その手段としてパンがすごく僕にマッチしていた」元々、手先を使って何かを表現するのが好きだったという齋藤さんは、パン屋という形で自己表現を続けている。
「フランスの、というか、低温熟成発酵の、バゲットとかカンパーニュみたいなハード系のパンを地元で広めたい」
『メゾンカイザー』を含め多くのパン屋で経験を積んだあと、自身が魅了されたフランスの食文化を共有したいという想いから、地元宮城で独立。齋藤さんの肌感として、宮城ではハードパンがあまり浸透していなかったといい、その敷居を下げ、窓口を広げるためにも“カジュアル”であることにこだわっている。
主役じゃなくていい。料理の横に僕の焼いたパンがあったら
日常的に、カジュアルに、テーブルにそっと名脇役としていてくれるようなパン。そんなパンを作り続けたいと齋藤さんは言う。
「パンはもちろんおいしいものを焼いているんですけど、主役としてじゃなくて、届いたお客さんのテーブルにお料理があって、そこに僕のパンがあったら本当に嬉しいなと思うんですよ」
フランスではパンは主役ではない。料理やチーズ、ワインがあって、その横にパンがあるというのが基本だ。パンはあくまでテーブルの脇役ではあるが、日常的にテーブルに並ぶ名脇役。そんなパンを齋藤さんは目指している。
お店のラインナップの中でも、齋藤さんが「自分のお店のが1番好きだ」と豪語するのがカンパーニュ。酸味が少ないので食べやすく、どんな料理にも合わせやすいという。ハードパンが初めてという人には、入口として最適なひと品だ。『Bakery and café 3110(サイトウ)』のパンをいつもの食卓にそっと添えて、気軽にハードパンを楽しんでみませんか?
/定休日:不定/アクセス:JR仙台駅から約9km
取材・文・撮影=パンスク編集部