岩手県盛岡市生まれ。公私ともに17年以上、日本酒を呑みつづけ、全国の酒蔵や酒場を取材し、数々の週刊誌や月刊誌「dancyu」「散歩の達人」などで執筆。日本酒セミナーの講師としても活動中。著書に『蔵を継ぐ』(双葉社)、『いつも、日本酒のことばかり。』(イースト・プレス)
天気がよくない日こそ日本酒を飲みたい
30代後半から、雨が降りそうで降らない曇り空の日は、低気圧の影響なのか頭痛がしたり、体がだるくなることが増えました(私だけですかね?)。書く仕事柄、自宅にこもることが多いので、外で気分転換できないため余計に曇り空の日は体がけっこうしんどいです。頭の回転も体の動きも、何をするにものろのろで、鈍色の雲が全身にずっしりのしかかってくるような錯覚をしてしまうくらいです。
しかし、そういうどうしようもないとき。私はつとめて日本酒のことを考えるようにしています。
すると、いくぶん、気持ちがたのしい方向へ行くのです。曇り空でよい、と思うことができて、夜が待ち遠しくなります。
なぜかというと、個人的に日本酒は、青空晴天よりも天気がよくないほうがしっくりくるお酒だからです。曇り空だけではなく雨なんかも最高の状態なんですよ。
自家製の柚子みそを使ったつまみを作る
さて、そんな日本酒日和にぴったりな今回、紹介するつまみは、先日仕込んだばかりのゆず味噌を使った「ホタテとレンコンの柚子みそバター」です。ゆず味噌は市販のものでも悪くはないのですが、料理に入れるにはちょっと甘いのでぜひ自家製を使ってほしいです。
作り方も簡単で、白味噌(私はタケヤの減塩みそがおすすめ)においしい日本酒と本みりんを適宜入れ、火にかけたら焦げないようによく混ぜ合わせて、すりおろした柚子の皮と果汁をたっぷり加え、さらによく撹拌したら完成。柚子の香りが高い、甘くないゆず味噌に仕上がりますよ。そのままでもつまみになります。
本題の材料は、ゆず味噌小さじ2、柚子の皮、茹でホタテ5個くらい、レンコン約150g、塩ひとつまみ、バターひとかけ、黒胡椒、サラダ油、飲む日本酒をおちょこ半分ほど。
まずレンコンを乱切りし、フライパンにサラダ油を入れて塩をひとつまみふって炒めます。
レンコンにある程度火が通ったらホタテを入れて、どちらも少し焦げ目がつくくらい焼いてください。
ここで飲むお酒が登場。今夜は、自宅でだらだら飲むのにぴったりな「白隠正宗」を選びました。穏やかな香りと米の旨味が特徴の、やさしい口当たりの日本酒です。このお酒を料理に使っちゃいますよ。まずはぐいっとひとくち飲んだらおちょこに半分くらい日本酒を入れてくださいね。
香ばしいホタテとレンコンの上に「白隠正宗」をじゃ〜っとかけ、ゆず味噌を入れてアルコールを飛ばしながらさらによく炒めます。
最後にバターを加えてよく混ぜたら完成。
器に盛りつけたら黒胡椒をふり、最後に刻んだ柚子の皮をあしらってください。われながら、これは匂いからしてうまい!
さあ、しみじみ飲むとしましょう。柚子の香りを包んだバターの甘い匂いとみそのコクがお酒の旨みと重なり、味わいが気持ちよくふわふわと口の中に広がっていきます。
日本酒は“上がらない”ところがいい
前回も触れたことですが、日本酒は飲むとしみじみして、裾野が広がるように酔いが下に降りてきます。肩の力がぬけてリラックスできる鎮静効果もあります。つまり、どちらかというと、気分がハイになるというよりも、ホッと落ち着く気持ちが上がりにくいお酒なのです。
おいしい日本酒を飲むと、気持ちがふわっと上がったり、感激して心が熱くなることもありますが、私の場合は結局、ホッと落ち着いて脱力してしまいます。ですから、曇り空や雨の日はぜっこうの日本酒日和。ピッカピカの青空の下よりも、しっとりした曇り空や雨の日こそ、気持ちが落ち着く日本酒の特性が活きてきて、よりおいしく飲めるのではないかと私は思っているのです。
こういうことを書くと、日本酒業界の人たちにムッとされるかもしれません。現在は、真逆のイメージをつくりたい、あるいは広めたい方々が多いからです。
昨今の日本酒の世界では、日本酒のじみで茶色いイメージの側面はなるべく封印し、日本酒だっておしゃれにもなれば華やかなシーンにも似合うんだゾ、ということをアピールできる試みなり何なりを、業界のみなさんはがんばって取り組んでおられました。乾杯はビールやシャンパンではなく、国酒の日本酒を飲みましょうという働きも、いぜん目立っています。
たしかに、「とりあえずビールで」というくらいなら日本酒を、各国の長が集まるサミットの乾杯はシャンパンではなくて日本酒を、などという思いは、日本酒を偏愛する私としては、じゅうぶん理解しているつもりですし、日本酒の登場シーンを増やそうとする試みは、消費の活性化のために当然やっていくべきです。
また、ひと昔前に比べたら酒質が多彩になり、乾杯やおしゃれな雰囲気に馴染む日本酒はずいぶん増えたので、気分が上がる酒にはなってきているのでしょう。
実際に、日本酒業界の人たちのいろいろな取り組みのおかげで、年配の男性だけではなく、日本酒を飲む女性や若い人たちも増えたと思います。でも、心からよかったと思う反面、業界では日本酒の個性である、落ち着くじみな部分に対してコンプレックスみたいなものを抱く(と見える)人が多く、おしゃれにしよう、飲んで気分を上げる提案をしようという取り組みばかりが目立ち、私は無性にもやもやしてしまうのです。
日本酒がしっくりくる場所とは
日本酒がじみ一辺倒だったら飲む人やシーンを限定してしまうので、それはそれで消費が広がらずよくないと思います。
私のようにふだんから気楽に日本酒を飲みたい人もいれば、ハレの日だけにとびきり高い大吟醸を贅沢に飲みたい人もいます。場所も大衆酒場だけではなく、高級店でプロの手ほどきを受けながら、コースの料理とともに味わいたい人もいるでしょう。
当たり前ですが、日本酒に対する価値観や嗜好は人によってバラバラなので、日本酒はこうあるべき、というものはなにもないのです。
ただ、私が考える本来の日本酒、飲めば脱力するじみでしみじみする個性は、おおきな魅力としてもっと伝えていきたいなあと思う。
あくまでも個人的な意見なのですが、必要以上に襟を正したり、世界観を理解するためにそれなりに力むことを求められる飲み方って、どうも日本酒にはしっくりこない気がするのです。
ビールやシャンパンを飲んだときの、気持ちがハイになる高揚感と競って肩を並べようとがんばることも、不毛に感じてしまうときがあります。なぜなら、日本酒をハイな飲み物にしようというおしゃれ化は進んでいますが、それが消費に反映されているかというと、残念ながら全体的な売上の数字は伸びていないのが現状です。
日本酒は流通網がふくざつなので、一概に言えることではないのですが、日本酒が世間から一般的に求められている居場所はそこじゃないのではないか、と私は深く考えてしまいます。
もうこうなったら、ふだんに飲むときのさいしょの一杯やおしゃれ部門は他のアルコールにじゃんじゃん任せて、日本酒はどっしり構えた奥座敷の落ち着いた存在でいいのでは?スタートダッシュにはふさわしくなくても、二杯目以降をしっかりと懐深く受け止めてくれるところが、日本酒のよさではないでしょうか。
曇り空の夜に自宅でしみじみ飲んでいると、日本酒がちょっとうれしそうに見えて、日本酒のほんとうの居場所はやっぱりこういうところにあるなあと思ってしまいます。気分がハイにならなくたって、じゅうぶん魅力的なお酒なのにね。(妄想はなはだしいですが偏愛者なのでどうかお許しください)
そんなことをつらつら考えていたら、燗酒を飲んでさらに脱力したくなりました。実は「白隠正宗」は常温でもいいのですが、あつあつに燗をすれば輪郭がキリッとしてさらにおいしくなります。私は横着をして瓶ごと鍋にドボン。だって、きっとぜんぶ飲んじゃうんだもの。四合瓶なんてあっという間に空になりますよ。
写真・文=山内聖子