働く人たちをサポートするための空間
さりげなくそこに佇むものを深掘りしてみると、実は無数の情報や物語が潜んでいた、ということは、街歩き好きな方であれば経験したことがあるかもしれない。
カメラマンの遠藤宏さんは、各地の「小屋」を記録し続けている。
小屋が気になったきっかけは7年ほど前。仕事で秋田県のじゅんさい畑を訪れた際のことだった。
「仕事で秋田のじゅんさい畑に収穫の写真を撮りに行ったのですが、撮影が一段落し、休憩を取るため畑の脇に建っていた小屋に案内していただいたんです。見た目はどこにでもあるような、シンプルなトタン小屋でしたが、中に入るとドラム缶を半分に切ったストーブに鍋がかけられていて、そこで作ったうどんをいただきました。
じゅんさいは水の中で育てるので、作業していると体が冷えてしまいます。そのため夏でも小屋の中では、体を温められるよう火を焚いています。外から見ると誰も気にとめないような小屋が、働く人たちをサポートするための大切な役割を果たしていると知りました。
小屋の一角には使い込まれた畳が敷いてあって、昼寝のための枕もあり、壁には演歌の歌詞が貼られていました。そういうところも、非常に人間臭くていいなあと思ったんです。
もともと『小屋──働く建築』(LIXIL出版)という本を読んで小屋のことが気になっていたこともあり、自分でも撮ってみようと思うようになりました」
それ以来、各地を訪れるたびに記録を続けてきた遠藤さん。撮影することで、ディテールの面白さにも気づいたそう。
「ただの小屋のように見えても、中には働く人たちにとって大事なものが収納されているので、しっかりと作られているものもあります。例えば扉が歪まないように2本の筋交いで支えられているといった細部の作りから、小屋を作った人の丁寧な仕事が伝わってくるんです。ちゃんと撮ったら面白いかもしれないと思い、継続的に撮るようになりました」
地域の営みと結びついた多種多様な機能
小屋は地域ごとの生業と結びつき、多種多様な機能を果たしている。
特に田んぼや畑、漁港などは小屋の宝庫だ。
「写真は田んぼの中にあるポンプ小屋です。電線が引かれており、単独ではなく何かとつながった働く建物だということが分かります」
「写真は、みかん畑で見かけた小屋です。所有者の方がいらっしゃったので声をかけたところ、中を見せていただけました。収穫したみかんを保管するための棚があったのですが、天井と床に穴が開いていて風通しがよく、棚の中を空気が抜けることでみかんの甘さが増す設計になっていました。みかんのサイズを測るための独自の計測器もありました」
「写真は北海道・函館で見かけた漁師小屋です。地元では番屋と呼ばれています。中を見せていただいたところ、建物の下は海に面して船が収納され、屋内では取った魚を仕分けしていたり、漁網から魚を外したりする作業が行われていました。外からは分かりませんが、一歩中に入ってみるとこうした昔からの風景がいきなり目の前に広がっていることに、わくわくしてしまいました。
実は高校時代に修学旅行で北海道へ行った時、車窓からこの小屋を見たことがあって、気になっていたんです。社会人になってからも出張で北海道へ行った際、車窓からこの小屋が目に入って、いつか行ってみたいなあと思っていました。20年以上経ってようやく訪れることができ、感慨深かったですね。
僕が生まれる前からこうやって人が世代をまたいで生活を営み、同じ作業をしているんだろうなと分かって、感動しました」
小屋というと、こうした田畑や漁港のある地域に行かないと見られないものだと思いがちだが、都市部や住宅街でも見かけることができる。
「これは千葉で見かけた光景です。もともとここは東京湾の遠浅の海で、アサリが取れる豊かな海でしたが、青潮の発生などさまざまな原因が重なってアサリがほとんど取れなくなり、代わりに最近はホンビノスという貝が取られているようです。小屋は始めからあったのですが、宅地化によって風景の主役が逆転してしまっていますね」
「写真は、神保町の交差点で見かけた小屋です。ヒートアイランド対策として、屋根の下からミストが出るような仕組みになっていました。中に植物が植えられていたり、ベンチに腰掛けるようになっていたりと機能的な作りでしたが、この形がちょっと楽しいですよね。
こういう風に、小屋は日常生活の思わぬところに溶け込んでいるんです」
合理性を追求した機能美
このように、小屋は人の営みと深く関わり、そこにある目的がはっきりしているからこそ、機能を追求した唯一無二の佇まいが味わい深い。
「小屋は所有者が必要とする特定の用途のためだけに建てられているので、飾らないシンプルな美しさがあります。かつ、建物が一番最初に作られた頃を思わせるような、柱があり屋根があり壁があるといった、原初的な建築物であるところも面白いですね。使う人たちの使い勝手がいいように作られているので、合理性や機能を追求すると建物ってこういう形になるのか、ということが見えてきます」
風土が小屋の見た目に反映されていることもある。
「写真は新潟の豪雪地帯にあった小屋です。壁や柱がなく、積もった雪の重さに耐えられるような作りになっていました」
「写真も雪国のバス停です。屋根の上のとがった部分は『雪割り』と呼ばれていて、雪が下に落ちるような工夫が施されています。雪が小屋の形状を規定している、土地が育んだ小屋の形なんです」
ディテールに目を向けてみると、背後のストーリーや所有者の人柄がにじみ出て見えてくることもある。
「写真は、コンテナを転用した小屋です。コンテナと、もう半分の作業スペースの上に屋根がかかっています。はじめからコンテナを組み込むことを前提に小屋を設計されているのがすごいですよね。重みで少し傾いてしまっていますが、それもまた面白いです」
例えば扉への鍵のかけ方といった細部から、所有者の動きが見て取れることも。
「扉が開かないよう木が立てかけてあったり、紐が結んであったり、ただ枝を挿しているだけだったり。他にもタイヤやビールケースが置いてあったりと、戸締まりの仕方にはバリエーションがあるんです。ちゃんと鍵をかけようとしてはいるんだけど、鍵のかけ方は様々。そこから紐を結んでいる所有者の背中を想像できるところが面白いです。枝を挿した人はひょっとしたら普段から『二股の枝は鍵に使えるかもしれない』と、意識して枝を探しているかも知れませんよね。
このように、その場に人がいなかったとしても、ディテールから人の存在感が感じられて、人柄や性格みたいなものが見えてくるところも、小屋の魅力だと思います」
そこに所有者の方がいれば、お話を伺うこともあるという遠藤さん。所有者のお話から、家族代々の労働を通した物語が見えてくることもあるという。
「小屋について質問すると、大体皆さん『こんな大したことないものの話を聞いてどうするの』とおっしゃるんですが、その一方で、少し嬉しそうな顔をされるんです。
家業としてその仕事についている場合、その方が働いてきた時間は、家族みんなで働いてきた時間でもあります。そうすると、『おじいちゃんがああだった。おばあちゃんがこうだった。嫁いできた家で旦那さんとこういう風に働いてきた』などと、労働を通した家族の話になるのが魅力的なんです。お話を伺う際は、その方たちが過ごしてきた時間をちょっとでも聞けたらいいなと思っています。
たとえば代をまたいでいると、小屋を補修しながら使うことも。トタンがつぎはぎされていたり、一カ所だけ新品になっていたりという様子から、時間の経過を感じられます」
小屋の中に広がる豊かな空間
これまで出会った中で、特に思い出深い小屋について伺ってみた。
「みかん畑で写真を撮っていたら、『うちの小屋、見ていく?』と声をかけてくれた男性がいました。耕作放棄地になっていたみかん畑を小屋と共に借りているという方で、ついて行ったところ小屋の二階に案内されました。小屋の中は真っ暗闇で何も見えなくて、『やばいな』と思ったところ、その男性が窓をパタンと開けたんです。
そしたら一気に風がさーっと抜けて、窓の外には海の風景が広がっていました」
「暗闇から解放された部屋の中には、ラジオの受信機や無線機が並んでいました。その方はラジオ好きで、趣味の小屋だったんです。ご自分でもラジオを作っていて、『鉱石ラジオ』という、コイルを巻くことで空気中の電波を受信する自作ラジオも見せていただきました」
「問わず語りに話したところによると、小さい頃から勉強や学校が嫌いだったけれど、ラジオを組み立てるのはずっと趣味で続けてきたんだそうです。仕事が終わって真夜中に小屋に来て窓を開けて、海の向こうに浮かぶ漁船の漁火や、タンカーがゆっくり海を横切っていく様子を眺めながら、太平洋の向こうから聞こえてくるラジオの音を聞いている時間が至福なんだとおっしゃっていました。
その方にとってこの小屋は、たとえ仕事で嫌なことがあっても自分の心が奪われないようにする、自分に戻れる場所なんですよね。お話を聞いたのは昼間でしたが、真夜中にその方がラジオを聞いている様子や、漁火やタンカーが横切る姿が僕にも見えるようでした。
小屋って、本当に豊かだなと思った瞬間です。みかん畑にも連れて行ってくれて、お土産にたくさんみかんをいただきました」
小屋は、日々の営みと結びついたバックヤード的存在。
時には効率よく仕事を進めるための作業場や働く体を癒やす休息場所となれば、時には自分だけの秘密基地となる。
わざわざ人を呼んで誰かに見せるためのものではないからこそ、装飾のない人の暮らしがむき出しで細部にまで宿った、素朴な佇まいが魅力的なのだ。
取材・構成=村田あやこ
※記事内の写真はすべて遠藤宏さん提供