日本を代表する建築家が手がけたビルにある
酒類を中心とした卸売業を営む平喜屋が入るビルの1階にある。エキゾチックで印象的なビルは、「日本のガウディ」ともいわれている梵寿綱(ぼんじゅこう)氏が設計。このビルを見るだけでも価値がある。
『たちのみや喜平』の開店時間は16時で、少し早く到着したので暖簾(のれん)はまだ出ていないが、店内をのぞくとすでに立ち飲みをしているお客さんがちらほら。
店主の西塚哲郎さんにうかがうと、「まだ仕込みの途中ですが、今あるつまみとお酒でもいいというお客様には入店してもらっています。開店時間前に来店される常連さんも結構いるんです」と、笑って答えてくれた。ちなみに、料理や酒は、商品を受け取る都度支払うキャシュオンスタイルになっている。
営業マンから居酒屋の店主へ突然の転身
西塚さんは元々、酒類卸の『平喜屋』の営業マンだったそう。店を開く経緯を聞いてみると大変面白かった。
「元々この場所は、一般小売りを行う店舗だったのです。ただ、売り上げがあまりよくなくて、2000年に営業会議にて『何かいい案はあるか?』と聞かれたので、『飲み処がいいのではないでしょうか』と提案したら、それが採用され、私が店主をやることになったのです。
今まで営業でいろいろな居酒屋に行きましたが、どんな店にするかさらに居酒屋を巡りました。その当時はこの近くに一人で気軽にサクッと飲める居酒屋が少なかったので、立ち飲みスタイルにしました」と話してくれた。
ただ、「いろいろな飲食店で、食べたり飲んだりしていたので、舌には自信があったのですが、料理に関しては全くの素人」だったそうで、「お客様や近くの保険会社の女性外交員の方にアドバイスをいただいて、だんだん料理の腕が上がってきました」という。
貴重な日本酒やウィスキーなどが安価で楽しめる
酒の種類は豊富で、立ち飲みなのでどれもリーズナブル。特に『平喜屋』のグループ会社である平喜酒造の日本酒・喜平ブランドを数多くそろえる。
喜平本醸造100㎖300円や喜平純米酒100㎖400円のほか、オススメなのが「喜平べつあつらえ」100㎖450円。平喜屋のスタッフがアイデアを盛り込んだという日本酒で、フルーティーでスッキリとした味わいが特徴。女性にも人気だというのもうなずける。
西塚さんから「これもぜひ飲んでみて」といわれ、喜平無濾過木桶仕込100㎖550円も飲んでみた。木桶仕込みだけにほんのりと色が付いた日本酒をひと口飲めば、酸味がやや強く、芳醇な味が広がってくる。「さっぱりとしているので、揚げ物と一緒に飲むのに最適です」と西塚さん。
ウィスキーの人気も高く、壁に並んだウィスキーの中には小売店で買うと数万円するものもあるとか。西塚さんは「高価なウィスキーはなかなか買いづらいですよね。だから、試飲感覚で楽しんでいただければと思い、値段をできるだけ抑えています」と、酒好きにはたまらない言葉を聞けた。
酒に合うおでんは酸味のある薬味がアクセント
カウンター前には、料理と缶詰などのつまみが並んでいる。小皿料理は一律250円、缶詰には直接値段が書いている。どれにするか迷ってしまいそうだが、この店の名物だというおでんは、はんぺんやちくわ、だいこんなど、1個150円~で食べられる。
お腹が空いていたので、おまかせで五品550円を注文。盛られたおでんはどれも大きく、見た目にもおいしそう。中央には黄色い薬味が盛られている。
「これは長野県の飯田地方で食べられているネギダレで、たまたまテレビで見たのを参考にしました。ネギと大根を酒と醤油に漬け込んでいるので、ちょっと酸っぱいです」と教えてくれた。そのまま食べてみると「本当に酢が入っていないの?」というくらい酸味がある。しかし、ネギと大根の風味が良く、味がしっかりと染み込んだおでんとも好相性。今までカラシだけで食べていたのが損に感じるほどだ。
ひと手間かけたつまみでお酒がすすむ
牛すじ煮込み250円もぜひ食べておきたい店自慢の一品。トロトロに煮込まれた牛スジは旨味がったっぷりで上品な仕上がり。里芋が入っているのも特徴で、西塚さんは「里芋が入っていた方が、ねっとりとした食感が加わって、食べごたえもいいでしょ」と話す。
自家製マカロニサラダ250円は、マヨネーズの酸味と、粗挽きのブラックペッパーの刺激的な辛みが相まっていいバランスになっている。玉ネギやキュウリなどの野菜のシャッキリ感もあって、酒好きにはたまらないつまみだ。
ほかにも、旧知の知人に依頼をして作ってもらった「くんせいピーナッツ」は、スモーキーな香りが口の中に広がり、ウィスキーによく合う。つまみに合わせてお酒を選ぶのも楽しい。
立ち飲みデビューにもふさわしい
ニコニコと笑顔を絶やさない西塚さんは「もう10年以上前に定年になったのですが、『平喜屋』から店を辞めろといわれていないので、続けています。一人でやっているので、気軽に私がやりやすいようにしています」と話す。また、「お客様は常連が多いですが、最近では若い人たちも増えてきています。立ち飲みスタイル初心者でも楽しんでもらえると思います」と話してくれた。
池袋駅から少し離れるが、その分落ち着い多雰囲気がある。しかもリーズナブルで、なおかつ、つまみも安くて旨い。ふらっと立ち寄り、財布を気にせずに飲める店だ。
取材・文・撮影=速志 淳 構成=アド・グリーン