約70年前の姿を留める風情ある銭湯
JR上野駅から徒歩7分の場所に位置する『寿湯』。えんじ色の唐破風屋根が、江戸から続く東京の銭湯らしさを醸し出す。
「戦争で焼けて再建したそうなので、戦前からあったようです」と話すのは、店主の長沼亮三さん。
古い建物を残したまま、清潔感あふれる店内を保っているのは、長沼さんをはじめスタッフの皆さんの、きめ細やかな清掃と心配りの賜物だ。
富士山を中心に、上野ならではのパンダの絵が目を引く壁絵。内湯はマッサージ風呂が3種類に、日替わりの薬湯が揃っている。広くはないスペースだが、工夫してバリエーション豊富に浴槽が用意されているので、飽きずに入っていられる。
「温度も露天風呂まで含めると3種類あって、一番熱い薬湯は45度に設定しています」と長沼さん。
サウナブームによって若い世代の利用者も増えてきた昨今、熱湯(あつゆ)でも43度ほどにしている銭湯が増える中、攻めた温度設定になっている。
熱い湯に涼しい顔をしながら入るのが江戸っ子だ。若い世代だけでなく、古くからの常連さんにも愛されるワケが垣間見える。
広い露天スペースでじっくり癒される
白眉は露天風呂。上野というターミナル駅のそばにありながら、大きな浴槽が特徴。
温度設定もぬるめで、心地の良い外気とお湯をゆっくり堪能できる。
「お客様の回転は悪くなりますが、ゆっくりしてもらいたいという気持ちがあって、ぬるめにしています。半露天ではなくて露天であるところもこだわりですね」と話す長沼さん。
まだまだ冷めやらぬサウナブーム。こちらのサウナは、100度というストロングな設定でサウナーにも人気だ。
「アロマ好きのスタッフが、こだわりのアロマを焚くサービスをしていたこともあり、楽しんでいただくための様々なアイデアをスタッフで出し合っています」と長沼さんは話す。
アツアツでいい香りのサウナの後の水風呂は、地下水をそののまま使っているため、肌にも柔らかい。
露天になっているので、冬の時期は呼吸からも冷気で体が冷えていく感覚が心地よく、銭湯やサウナを数多く巡ってきた筆者も自信を持ってお勧めする。
ここでしかできない体験!洞窟水風呂
外観は古き良き銭湯でありながら、中のバリエーションがスーパー銭湯のようで楽しい。洞窟水風呂もそのひとつ。
名にし負わば、まさに洞窟のような狭い空間に水風呂。反響して耳に届く水音が、なんとも異世界感を醸し出して、非日常の体験をさせてくれる。
なお、サウナも前述のドライサウナ以外に塩サウナまであり、浴槽に浸かりながら「次はどこに入ろうか」とワクワクが止まらない。※女性側は、ドライサウナのみで水風呂1か所。
銭湯は、ハード面が固定される分、ソフト面での配慮や変化は銭湯の魅力を決定づけるファクターになる。その点、こちらはソフト面から長沼さんとスタッフの皆さんの思いやりがにじみ出ている。
「うちは、トニックや化粧水や乳液なども無料でお使いいただけます。また、ドライヤーも無料ですので、ご自由にお使いください」と長沼さん。
それだけではない。店外には、自転車できた人向けにサドル拭き用のタオルが設置してあるばかりか、空気入れまで用意されている。
細やかな心配りとはまさにこのことかと、感嘆してやまない。
徹底したお客様目線の大切さ
こうした思いやりはどこから来るのか。店主の長沼さんは次のように話す。
「僕は毎日、営業中にお風呂に入っています。フロントで接客するよりもずっと、お客様目線で寿湯を見ることができますし、お客様のいい声も悪い声も聞こえてきますからね」
文字通り“体ごと”飛び込んで、お客様目線に立っているのだ。
その気概は、スタッフの方にも伝わっているようで、「スタッフが自ら考えて、実家の新潟から米ぬかを仕入れて米ぬか風呂をやったり、みんなが寿湯をどう良くしていくかを一生懸命考えながらやっています」と長沼さん。
古き良き建物という枠の中で、いかにアップデートしていくかを考え抜いて出来上がってきた『寿湯』。そのハイブリッドな魅力を体験しに出かけてみてはいかがだろう。
取材・文・撮影=Mr.tsubaking