存在が「ポツンと」なお店
ダシ、かえしのしっかりしたツユに、「丸山製麺」の茹で麺。カラッと揚げられたかき揚げの玉ねぎはザク切りで、ツユを吸わせた衣と一緒に食べれば甘みがじんわりと口に広がる。さらにクニュッとしたそばはツユの持ち上げもよく、ズズッとすすりあげれば、もうたまらない。
そばとツユ、そして天ぷらという三位一体のうまさを存分に楽しめる、まさに正統派の立ち食いそばを提供する『ながみ』という店は、メトロ有楽町線・副都心線の平和台駅のそばにある。
駅のそばにあるのなら、ちっとも「ポツンと」ではないのではないか。記事の趣旨と異なるのではないかと怒られるかもしれない。確かに寂しい場所にある「ポツンと」ではないが、この『ながみ』はにぎやかなエリアにあるもののなぜか見過ごされてしまう、「存在がポツンと」な店なのである。
地元民にも知らない人がいる?
立地を詳しく説明しよう。『ながみ』があるのは地下鉄出口がある、環八の交差点角なのだが、まずもって植え込みが邪魔でよく見えない。
そしてなにより強調したいのは、この平和台駅前が典型的な郊外にある地下鉄駅前の街となっていることだ。
その中心である環八交差点は、車がビュンビュン走る幹線道路。周囲を見渡せばパチンコ店にスーパーの『ライフ』に『ヤマダ電機』。環八を少しいけば『TSUTAYA』に『いきなりステーキ』に『丸亀製麺』と、郊外ロードサイドに展開するチェーン店が並ぶ。
ここ平和台は、個人経営の立ち食いそば店があるとは到底、思えない、郊外の街なのである。こんなところにあれば、見過ごされてしまうのも無理はない。(実際、取材に同行した平和台出身の編集氏も『ながみ』に気づいていなかった)
なぜここ平和台にあるのか? その理由を店主の永見さんに聞いてみた。
かつての平和台の姿
この永見さん、実は2代目で開店当初のことは詳しくは覚えていないということなのだが、開業したのは1985年頃だという。父親が今の場所で牛乳販売店をやっていたのだが、道路拡張のため、土地の半分を売却。手狭になった土地でできる商売を考え、以前に仕事をしていたことがあるそば店を始めたのだという。
当時は地下鉄の駅ができて2年ほど経った頃。周囲は今よりはるかにのどかな雰囲気だったが、向かいに鉄工所、現在『ヤマダ電機』があるところに材木市場があって人の出入りも多かった。加えてすぐ近くにある光が丘の団地建設や環八道路の拡張工事もやっていたため、そこで働いている人たちも、食べに来た。立ち食いそば店をやるには、なかなかの好立地だったのである。
そして時は流れ、90年代に入ると『ライフ』や『ヤマダ電機』ができ始め、通勤の利便性もあって住民も増えてきた。チェーン店の派手な看板ばかりが目立つようになってしまったが、『ながみ』は立ち食いそば店として、ずっと平和台にあり続けていたのだ。練馬の平和台という土地で正統派の立ち食いそばが食べられる、そんな意味で『ながみ』はレアな店であると言える。
正統派であるからには、天ぷらがしっかりしている。春菊天は揚げ具合がちょうどよく、春菊の香りがしっかりと楽しめる。ツユとなじんでトロッとした部分は、まさに至高の味わい。もう一度書くが、これが平和台で食べられるというのは、立ち食いそばファンにとって、とてつもなくありがたいことなのだ。
個人的に好きなタネであるアジ天も、身がふっくらとしていてクオリティが高い。ほかの店と比べても、『ながみ』は天ぷらを揚げるのが上手なのだ。
駅前にありながら見過ごされがちな『ながみ』だが、取材中も地元の常連さんが次々と入ってきた。うまいものは、みんな知っているのだ。チェーン店に負けず、これからも平和台でうまい立ち食いそばを作り続けてほしいものだ。
『ながみ』店舗詳細
取材・撮影・文=本橋隆司(東京ソバット団)