『トミーグリル』の歴史と現店主の経験が掛け合わされた店づくり
『トミーグリル』の元祖は、現店主・中富雅己さんの義理の曾祖父が、神田を中心に開いていた複数の飲食店のうちの一つだという。曾祖父の息子が初代、孫が2代目として店を引き繋ぎ、3代目である中富さんが継いで2024年でちょうど10年を迎えた。
3代目の中富さん自身は、アルバイトでバーテンダーを経験したことをきっかけに飲食業界へ。24歳から料理の修業を始め、まずは和食を学んでいたころに、『トミーグリル』2代目店主の娘であった奥さんに出会ったという。
和食店で3年、ウエディングなどもやっている大きなレストランで5年働き、さまざまな食材の扱い方を学んだという中富さん。その後、浅草の老舗洋食店や、経営を学ぶことができるお店で修業を重ね、2014年に『トミーグリル』へ。
「『トミーグリル』は戦後からずっと水道橋に根付く街の洋食屋さんとして存在しているお店です。私自身も跡を継ぐことを考えて、洋食の修業に励んでいました」
「元々お酒が好きだったこともあり、お店を継ぐ前にワインソムリエの資格も取得しました」と中富さん。複数のお店で修業を重ねたうえで、お店の歴史を引き継ぎ、自身の経験も生かして新たな『トミーグリル』を作り上げた。
「先代が、自由にやりたいことをしていいし、他のお店で学んだことを生かしてほしいというスタンスだったんです。お店の名前と歴史は引き継ぎながら、自分の経験を生かしたお店づくりをしようと決めていました」
オーストラリア産葡萄牛を使用したハンバーグ。しっかりとした肉の旨味がたまらない
『トミーグリル』の看板メニューは、オーストラリア産葡萄牛を使用したハンバーグステーキだ。葡萄牛とは、ワインを作ったあとのブドウ粕を混ぜ込んだ飼料で育てられた牛で、赤身と脂身のバランスが良いのが特徴だという。
「葡萄牛の肩ロース肉を使用しています。赤身と脂身を調整しながら、食べ応えはありつつも重くない味に仕上げています」
ハンバーグステーキを一口食べると、肉の旨味が口いっぱいに広がる。肉からもデミグラスソースからもほのかな甘みが感じられ、ご飯との相性が抜群だ。付け合わせとして、レンコンやパプリカ、ブロッコリーなどのグリル野菜も添えられている。
野菜は、中富さんの鹿児島や新潟などの知り合い農家さんから直接仕入れているものもあるそう。
「デミグラスソースとドレッシングは、これまで修業した店の味を参考にしてオリジナルで作成しました。葡萄牛の良さを生かしながら、ご飯に合う味になるように調整しています」
スープの内容は日替わりで、サラダには自家製ドレッシングがかかっている。細部まで中富さんのこだわりが感じられるランチセットだ。
ハンバーグステーキの他に、ランチメニューではクラシックハヤシライス1000円や、昔ながらの欧風ビーフカレー1000円など、洋食店らしいメニューが楽しめる。
そして本日のお魚のランチ1100円は、常連さんの反応を見て追加したメニューだという。
「日替わりランチで魚メニューを出していた時に、よく常連さんから今日は肉か魚どちらですか? と電話をいただいていたんです。話を聞いてみると、周辺にランチで魚料理を食べられるお店がないそうで。お客さんに喜んでもらえればと思い、本日のお魚ランチとしてメニューを独立させました。旬の魚をローストして、トマトソースやクリームソースを添えたメニューなどを出しています」
後を継いで10年。 目指すのは創業100年まで愛される洋食店
中富さんは『トミーグリル』を継いでから、時代や客層の変化に合わせて少しずつお店のアップデートを続けてきた。
「私が後を継いでから、外観や内装もリニューアルしたんです。入りやすいように外から中の様子が見えるようにしたり、オープンキッチンにして開放感のある内装にしたりと工夫を凝らしました。メニューも、スタンダードな洋食料理に少し手間を加えたもので、ワインにも合う味を目指して開発しています」
一番大変だったのは、新型コロナウイルス流行時だと中富さんは振り返る。時短営業などを行いながらも、なるべくお店の営業を続けたという。
「近隣で働くエッセンシャルワーカーの方がよく足を運んでくださっていて。大変な時期に拠り所になれる場所として存在できたのはよかったなと思います。客足が読めないので、仕込みは最小限にして、来たお客さんの要望に合わせて料理を提供していたんです。その時期に、自分の料理の引き出しを増やすことができました」
お店を継いで10年。中富さんは、水道橋という町の移り変わりを見守りながら、たくさんのお客さんに出会うことができたとうれしそうに語ってくれた。目指すのは創業100周年だという。
「年配のお客さんのなかには、初デートが『トミーグリル』だったと語ってくれる人もいるんです。初代が開店してから長い間、同じ場所でお店をやり続けているからこそもらえる言葉だなと思います。私が継いでからも2組ほど、常連さんがパートナーを連れてきてその後結婚したカップルがいるんです。あと20年ちょっとで、『トミーグリル』は創業100周年。2世代、3世代に渡ってお客さんの人生に寄り添える洋食屋でいられたらと思います」
小さい頃から見ていた常連さんのお子さんが、成長して大学生になったのを見届けたこともあるという。だれかの人生に長く寄り添えるお店でいられるように、進化を重ねつつ後継者も育てていきたいと語ってくれた。
水道橋を行き交う人の人生を見守り続けて約80年。店の歴史を守りながら、中富さんが自身の経験を取り入れて進化を続けてきたからこそ、現在まで愛されてきた。一度訪れたら、大切な人を連れていき、一緒に思い出を作りたいと思わせてくれる店だ。
取材・文・撮影=古澤椋子