ブレンドは深煎り。喫茶店のよさもあわせ持つ住宅街のカフェ
ガラスの引き戸を開けると、ゆったりしたU字型のカウンターが迎えてくれる。店内は白を基調とした清潔感のある空間に、木材やグリーンの植物をうまくミックスさせていて、やわらかい雰囲気だ。
店主でバリスタの鈴木芙紗代(すずきふさよ)さんがお店をオープンしてから半年余り。平日の昼間には近隣に住む人が訪れ、朝早い時間帯には出勤前の朝ごはんをテイクアウトする人など、早くも街になじんでいる。
「近所に住む70代ぐらいの方が、まるで喫茶店みたいよく来てくださいます」
中目黒にはたくさんの飲食店がある中、目黒銀座商店街の端っこには落ち着いてコーヒーを飲める場所が少なかった。おいしいコーヒーとおしゃべりタイムを求めてやってくる年配者が、決まって頼むのが落ち着いた深煎りのalorsブレンドだ。毎日飲みたくなるような味をコンセプトにしているという。
プアオーバーと呼んでいるドリップコーヒーでalorsブレンドを飲んでみると、深みがありながら苦みと甘みのバランスが良く、ナッツのような香りも感じられる。とんがっているわけではないのに、新しさも感じる、そんな味だ。
『alors』ではブラジルやケニアなどシングルオリジンコーヒーも複数用意しているが、「気分を変えたいときや贅沢をしたいときに飲んでもらいたい」とのこと。コーヒーが苦手な人にはチャイラテ、レモネード、チョコレートなども用意されている。
お店とともに始めた新しい挑戦。高加水パンでつくるあんバター
カウンターには、焼き菓子の入ったガラスケースが置かれている。中にはお店のトレードマークを模ったアローちゃんクッキー、スコーンやパウンドケーキ類が並ぶ。すべて鈴木さんの手作りだ。
ガラスケースの焼き菓子以上の人気を誇るのが自家製パンを使ったあんバター。国産小麦、塩、イーストに水分を多く混ぜ込んだだけのシンプルな高加水の生地のパンも自家製。水分が蒸発しないよう注文が入ってからリベイクするので、外側はパリッ、中はしっとりもっちり。挟んでいる十勝の粒あんもしっとりしていてコクがあり、程よいボリュームのバターとの相性は文句なし。
「お店を持つことになって新しい挑戦として、高加水パンを作り始めました。パンが自家製のお店は少ないと思います。高加水パンは今も勉強中です」
パン作りは、その日の気温や湿度による変化を観察して寄り添う必要があって、それはコーヒーと通じるものがあるという。
地域に愛されるカフェを目指してオープン
鈴木さんは高校生のころからよくカフェを利用。料理やお菓子作りが好きだったこともあって、飲食業を志して中目黒にある専門学校へ進む。そのころに中目黒近辺のカフェでおいしいコーヒーを飲んだことが、コーヒーを淹れる技術を高めるきっかけになったという。独立以前はその店で働き、店長を務めていた。
「常連さんの多いローカルな雰囲気の店でした。そこで働くうちに、自分でも、当たり前においしいコーヒーが飲めて、近所の人に愛されるお店を作りたいと思うようになりました」
鈴木さんは、ショッピングは通販よりもお店に足を運びたいし、本や雑誌も紙で読みたい方なのだとか。同じように『alors』で飲むコーヒーやフードも、人の手で生み出され、会話を添えて提供されるような温かみを感じてほしいと考えている。
「バリスタという仕事の魅力は、どんなにAIが発達しても、人間でなければできないところだと思っています。少しでもよかったと感じる時間を過ごして、ご機嫌になって帰ってもらえたらいいですね」。
そう話す鈴木さんの気持ちにこそ、ご近所さんから愛されるカフェの秘密があるようだ。
取材・撮影・文=野崎さおり