こんな場所に銭湯が!?
派手な飲食店や韓流ショップが軒を連ねる中で、路地に入った先に洗練された和風の外観が現れる。
「以前からこの場所にお風呂屋さんはあったらしいんですが、私の祖父が銭湯を始めたのが昭和36年(1961)で、2016年にリニューアルしました」と話すのは店主の武田信玄さん。
設計を手がけたのは数々の人気銭湯の設計をして来た今井健太郎氏だ。
浴室内は、抑制された明るさで落ち着きが感じられる空間。直線的なモチーフでデザインが整理整頓され、キリッとしたかっこよさを醸し出す。
この、振りかぶり過ぎないオトナな雰囲気について武田さんは「銭湯は毎日来られる方も多いので、ギラギラしたものではなく落ち着いた場所にして欲しいと、今井さんにお伝えしました」と話す。
さらに、古い銭湯のイメージを残しながらも洗練されたデザインも、武田さんの思いと今井氏の手腕の結晶だ。
店主のこだわりが詰まった浴槽を堪能
メインの浴槽は40度ほどの設定。電気風呂とジェットの出るスペースはあるものの、仕切りのない部分が広く取られている。ただ湯にたゆたっているのが好きな筆者の好みの浴槽だ。
「一人用のジャグジーやジェットを作ると、ゆっくり入れる人数が限られるので最小限にしました」と、ここにも武田さんのこだわりがあった。
隣には小さな泡によって白濁しシルク風呂になっている湯船。様々な好みに合わせるため、複数の温度帯を用意する銭湯は多いが、こちらは44度とその中でもかなり熱めの設定になっている。
「私は熱いお風呂が好みなんですよ。お客様の中でも、常連さんは熱いのが好きな人が多いですね」と武田さんが話す通り、筆者が来店した際も、常連と思しき方々がこちらでじっくりと体を温めていた。
デザインは機能だ
サウナはないが水風呂が設置されている。高温風呂と水風呂を往復する「温冷交代浴」がオススメだ。
特徴的なのが、浴槽の入り口に大きな壁が設えてある点。このおかげで、水風呂に入ると他から隔離されたような感覚になり、恍惚感がブーストされて気持ちがいい。
しかし、壁を設置した目的はそれだけではなかったと武田さん。
「水風呂の前にも洗い場を作るため、シャワーの飛び散りが入らないよう、今井さんが設計されました。コリドー(回廊)のような作りになって、デザインと実益が兼ねてあり、さすが今井さんだなと思いました」
各所に今井氏のセンスと技術が光るが、洗い場でもそれが感じられる。各席に設置された手すりだ。
「垂直な手すりは、持って立ち上がるのに力が入りにくいんですよ。この角度だとしっかり持って立ち上がれます」。改装以前はシャワーヘッドを持って立ち上がる利用者もいて、何度も修理が必要だったと言うがその悩みも解消されたそう。
「手すりにもできるしタオルや袋をかける人もいて、何役もこなしてくれるのでいいですよ」と、武田さんはデザインの妙に唸る。
ハコがこれだけ洗練されていても、そこに置かれる小物が安っぽければ、雰囲気は一気に阻害されてしまう。
「下手なものは置けないなと思いますね。ロビーのイスなども安いパイプ椅子では様にならないですからね」と武田さん。
その言葉通り、椅子だけでなくゴミ箱やドライヤー起きも場に馴染むものが選ばれていて、雰囲気に隙がない。
喧騒が渦巻く都心にありながら、今井氏のデザイン性と武田さんの管理への心配りによって、ここだけ別世界のように感じられる。
有り体だが、まさに「都心の隠れ家」といった風情を体感できるのが『万年湯』の魅力。
雰囲気ももちろんだが「都心なので敷地が広くないので、限られた中でどう広く感じてもらえるかは工夫しています」と武田さん。
こちらの脱衣所も広々としていて、浴室内の洗い場にも実は広く見せる工夫がある。居心地の良さは、そうした計算と工夫の賜物。
何も考えずに身をまかせるのはもちろん、そうしたアイデアを見つけるのもとても楽しい銭湯だ。
取材・文・撮影=Mr.tsubaking